昔から群れには馴染めない子どもだった。
理由を挙げろと言われれば幾つかは挙げられるだろうし、おとなは大抵の場合理由を求める。なぜか。理由がわかれば、何らかの対処ができると思っているから。解決できると思っているから。
あたしは理由を述べる。おとなたちは首を横に振る。違うでしょ、ボタンさん。お願い、本当のことを教えてちょうだい。
おとなが欲しい答えをあたしが見つけるまで、それは繰り返される。
群れに馴染むというのは、一種の技術だと思う。あたしを含めたはぐれ者たちは、その技術を身につけていないか、身につけることを拒否しただけ。ただ、それだけのこと。
おとなたちがするべきことは、理由なんて聞かずに、その技術を無理矢理叩き込むことだ。共通認識という洗脳を受け入れさせることだ。
親か、先生か、周囲の人間か。どれがかはわからないが、それらはあたしの洗脳に失敗した。ありがたいことに。
十年と少し。その間に培った経験で、あたしは僅かながら、洗脳の外側にありつつも群れに溶け込む術を手に入れていた。目立たぬように。けれども向こうから繋がりを求めてきたときは、差しさわりがない程度に。
そうして群れの外延部を回るようにして、それなりに上手く、やってきた。何度か失敗はしたけれど、幼稚園、小学校、中学校と、環境が変わる度にそれらは大抵リセットされた。
高校でもそれなりに上手くやるはずだった。あの日までは。
一学期も終わりに近付いた頃、一人の男子から、いわゆる愛の告白を受けた。普通の女子ならそういうシチュエイションを嬉しく思うのだろうけど、生憎あたしはこの国の人間の九割が入信している恋愛教の洗礼を受けてはいなかったし、そもそも目立たない、着かず離れないことを一番の注意点として大多数と付き合ってきたし、そういうあたしをしっかり観察していたならばこういった話の種になりそうな行為はあたしが一番嫌いそうだってわかるはずだし、つまりこの脳みそ空っぽ野郎はあたしのことなんて何一つわかっていないと自ら告白しに来たのだった。あたしがどうしたか、聞きたいか?
ともかくそんなことがあってから数日後、あたしは同じクラスの女子、群れの中でもかなーり上の方に位置しているっぽい三人組に呼び出されて、先日の告白劇について事細かに尋問される羽目に陥った。
どうやら三人のうちの一人が件の男子を好いていたらしく、その男子がその女でなくあたしを選んで、あまつさえあたしがその男子を歯牙にもかけなかった、ということがどうにも気に入らないらしかった。あたしなりの冷静な分析によると、問題は恋愛感情云々よりもどうやらヒエラルキー的部分に比重が置かれているらしかった。長々ねちねちと講釈を垂れる三人組に対してあたしが言いたかったことは一つ。
「で、どうすればいいの?」
その言葉を聞くまで、どう収拾をつければいいのか本当にわかっていなかったっぽいから、呆れるしかない。
結局彼女たちが下した判決は「謝りなさいよ」。
謝れば解決するか。あたしは分析する。するまでもない。ノー。すべては変わってしまって、もう元に戻ることはない。
どうせ寝技を使ったんでしょう。オブラートに包んでだいたいそういった内容の暴言を、年齢別平均値より一回りは大きいであろうあたしの胸元に視線をやりながら次々ぶつけてくる。あたしもいい加減、我慢が限界に達していた。
そういえば古来より、格闘界には答えの出ない命題が一つある。曰く。
寝技か、立ち技か(ツイスト・オア・フィスト)。
三匹のメス猿を、あたしは拳(フィスト)で黙らせた。
あたしはひとりになった。
あたしが通学する梁城学園(りょうじょうがくえん)は小高い丘の上にある。緩やかな坂を登った先に、煉瓦造りの塀が見え、その奥に年季の入った灰色の校舎が覗く。三階建て校舎の三階からは町の景色が一望できる。
真っ先に目に付くのは、町の真ん中に穴を穿ったかのような湖だ。
根津湖(ねづこ)と名付けられているその湖を取り巻くように、幹線道路と列車の路線が走っている。自然、その周囲は繁華街や官公庁の建物がひしめき合うので、内側にいけばいくほど密度が濃いドーナツのような形状を、その景色はしている。中央に青があって、それを取り巻くように薄い緑の層。それから茶色や灰色の密集地帯があって、その外側にまた緑。そんな感じになっている。抹茶ドーナツの上に黒胡麻チョコレートをかけたような。そういうふうにいえばわかりやすい?
きっと屋上から見れば、もっといい景色に違いない。だが昨今の常で、屋上への出入りは厳しく制限されている。
けれどもあたしは、同じような景色を眺められそうな場所を見つけていた。
梁城学園でも、学校という場所のお約束のように桜の木が植えられている。煉瓦塀に沿って植えられたそれはなかなかの枝振りで、校舎の古めかしさと相まって不必要に歴史を感じさせる。
講堂の裏側にも桜並木は続いている。そのうちの一本が、講堂の二階、キャットウォークのような部分にまで張り出していて、ちょうど飛び移れそうな感じになっている。
あそこから枝を伝って屋根まで上れる。あたしはそう見ていた。
これまでは目立ちたくなかったので行動に移すことはなかったのだが、今となってはもう、何を気にする必要もない。早速やってみよう、と思った。
昼休み。購買で買ったやきそばパンとコーヒー牛乳を提げて、あたしは講堂に向かった。扉を薄く開けて入り、昼休みにも練習している合唱部に見つからないようにして階段へ足を運ぶ。キャットウォークを一番奥まで進み、窓から首を出すと、その下にちょうど、桜の枝で足場ができている。
何度か足を乗せ、荷重に耐えられそうなのを確認してから、幹に抱きつくようにして乗り移る。パンとコーヒーの入った袋を先に放り投げると、えいや、とばかりに屋根のひさしに手を掛け、肩と腕の力で上体を持ち上げる。
講堂の屋根がほぼフラットなのは知っていた。オレンジの広場がそこにあった。
そして、思いもよらないものも、一つ。
先客がいた。屋根の中央辺り、一番高い場所に胡坐をかいて、女生徒が景色を眺めている。手には大判の本を持って、時折景色と見比べている。
あたしは昼食を回収すると、女の子のところまで歩いていった。
顔がこちらを向いた。短い、手入れされているとは思えないボサボサの茶色がかった髪。知らない顔だ。だが、あたしは知らない顔の方がずっと多いし、人の顔を覚えるのは苦手な質だ。
「何やってんの」
ちょっと怒りのこもった口調で尋ねる。あたしが見つけた、あたしだけの居場所。そうなるはずだ、きっとそうなると思って、前から楽しみにしていた。なのに、まさかの先客だ。
女の子は後ろに倒れると、両腕を伸ばした。
「見つかったかー」
同年代では見たことがないような大きな胸が揺れた。
横になったままの姿勢で、両手を合わせる。
「お願い、内緒にしてて」
その一言で、わかった。
隣に腰を下ろし、ビニール袋からパンとコーヒーを取り出す。もう一度聞いた。今度は柔らかな口調で。
「何やってたの」
隣人は、腹筋だけで上体を起こす。結構鍛えてるな、こいつ。
お腹の上に落ちていた本を取り上げ、開いてみせる。それは地図帳だった。
「これ」
特徴的な地形は一目でわかる。根津湖と、その周辺の地図だ。
「これ、見たかったの。本当に、こうなってるのか」
景色に目をやる。校舎の三階から見るのとは違う俯瞰図が、広がっている。
そうだ。これを見たかったのだ。あたしも。
「いつからここを?」
「入学してすぐに目はつけてた。来たのはつい最近だけど」
「へえ」
つまり少しだけ先を越された、ってことだ。
「なあ」
「何?」
「明日から、あたしもここに来ていいか」
「別にわたしの私有地じゃないよ」
「それでも。あんたが嫌なら、来ない」
暫く、視線をぶつけ合った。
「わたし、シャクヤク。明日から、よろしく」
「ボタンだ」
オレンジの屋根の上で。湖を見下ろしながら。あたしたちは握手を交わした。
昼休みと放課後。ほぼ毎日を、あたしはオレンジの屋根で過ごした。
シャクヤクは、放課後はいないことが多かったけれど、昼休みの時間には、用事がなければだいたいはいた。あたしと彼女は隣同士座って、ほとんど言葉を交わすことなく、湖を眺めながらお昼ご飯を食べた。
ごくたまに、お互いのことを話すこともあった。
「わたし、あそこ歩きたい」
湖を指してシャクヤクが言う。
「あそこって?」
「湖。あそこ、一周したい」
いつも持っている地図を開く。
「知ってる? 湖一周で、だいたい四十キロなんだ。フルマラソンと、ほぼ同じ距離」
「マラソンすんのか?」
「ううん。歩くの。ただ歩くの。ウォーキング」
何が面白いんだよそれ、とコーヒー牛乳吸いながら呟く。シャクヤクは突然真面目な顔になって、腕を組んだ。
「どんなことだって、面白いって感じられる人はいる。逆に、どんなことも面白いって思えない人も、いるよね」
面白いか面白くないかは、あなた次第です。そう言って指を突きつける。
「パクりじゃねえか」
あたしは拳で指を押し返す。
シャクヤクが立ち上がり、背伸びをする。それから、両脚を少しずつ開いていって、そのままべったりと尻をつけた。
そうしてから身体を前後に倒したり、捻ったりとストレッチを始める。
「長距離歩くとね。内腿とか股関節が、すっごい筋肉痛になるの。もう、次の日本当に歩けなくなるくらい。普段使わない筋肉だからさ。日頃から伸ばして柔らかくしとかないと」
だからってこんなところでしないでもいいんじゃないか、とあたしは思う。スカートだからシャクヤクが動くたび下着がちらちら見えるんだけど、彼女はまったく気にしない。
「ボタンも毎日ストレッチしといた方がいいよ」
「なんであたしも歩くの前提なんだよ」
「えー。いいじゃん」
締まりもよくなるらしいしね、という言葉に、どこのだよ、と返して、それから二人で笑い合った。
よくわからないけれど。こいつと歩いたら面白いかもしれない。そう思った。
足下の景色に視線を戻す。背中に柔らかな感触があって、あたしの肩口からシャクヤクが覗き込んでくる。
あたしたちはそのまま二人、湖を眺めていた。いつまでもこうしていたかった。
けれどもあたしを取り巻く世界は、それを許してくれはしない。いつだって。
あたしが講堂の屋根という居場所を手に入れてから、半月ほどが経った。桜の木々はピンク色の花弁を完全に落し終えて、葉桜になり、若々しい緑であたしたちの目を楽しませてくれている。期末テストを終えた校内は数日を残して夏休みに突入するということで、どことなく浮き立った空気が漂っている。
その日もあたしはパンとコーヒー牛乳が入ったビニール袋を提げて講堂へ向かった。いつもどおり人目を忍んで侵入しようとしたのだが、なにやら様子がおかしい。裏側の桜並木の方から、言い争う声がする。
片方の声に聞き覚えがあったあたしは、そちらへ向かった。
あたしたちが足場に使っている桜の木。その下で、男性教師と女生徒が揉めている。教師はあたしも顔を知っている体育教師。女生徒はやはり、シャクヤクだった。
体育教師は手に大振りのノコギリを持ち、脚立を幹に立て掛けている。何が起ころうとしているのか、すぐにわかった。
「シャクヤク」
声を掛けて近寄る。二つの顔が、こちらへ向いた。いつも自信満々に見える彼女が。不安そうな表情で、瞳に涙を溜めている。
「ボタン」
頷きを一つ返して、あたしは彼女の隣に並んだ。
「切るのはやめてください。お願いです」
教師が深く溜め息をついた。
「ある生徒がな、教えてくれたんだ。この木の枝を伝って、講堂の屋根に上っている生徒がいるってな。それは、お前たちだな」
あたしとシャクヤクは肯定も否定もせず、ただ教師を睨みつける。
「あのな。当たり前だが、そんなことを許しておくわけにはいかんのだ。今後、講堂の屋根に上ることは禁止する。いいな」
「でも」
あたしが反論しようとするのと、ブラウスの背中を、シャクヤクが引っ張ったのがほぼ同時だった。
シャクヤクを見る。シャクヤクが首を横に振る。彼女も、散々に、言い募ったのだろう。けれども。それでも。
視線を感じた。講堂の入り口の方へ振り返る。
見覚えのある顔があった。以前にあたしが叩きのめした三人組。そのリーダー格の一人が、講堂の影からあたしを見ていた。にやにやと、いやらしい笑みを浮かべて。
頭に血が上る。あたしは拳を握り締め、大股で踏み出した。お前か。教師にこのことを教えたのは、お前か。
殴ってやる。徹底的にボコってやる。教師が見ていようが、知ったものか。
メス猿に向かって走り出す。はずだった。けれどももう一歩踏み出したところで、背中に重みを感じて、動きを止めた。
振り返る。シャクヤクが、あたしのブラウスを離さず握っている。首を振りながら。
「やめて。わたし、ボタンまで失いたくない」
握り締めた拳から、力が抜けていく。ブラウスを離したシャクヤクが、微笑を浮かべる。それから、教師に向き直った。
「わかりました。あの、切られるところを、見てていいですか」
教師は困った顔をしたが、首を縦に動かした。
「ただし、危ないから離れていろよ」
三メートルほど離れたところに、あたしたちは腰を下ろした。シャクヤクが弁当を広げ始めたので、あたしもそれに倣う。
「何で抵抗しないの」
小さい声でシャクヤクを責める。胸の中がむかむかして、誰かに吐き出さないと、すまない気分だった。
「はじめからわかってたもの。見つかるまでの期間限定だって」
ビニールを剥いたおにぎりにかぶり付き、咀嚼する。あたしもコーヒー牛乳にストローを挿し、吸い付いた。
「本当はね。ボタンに見つかったときに、もうおしまいだ、って思った。でも、ボタンは誰にも言わずに、わたしとあの場所を、共有してくれた。それだけでもう、わたしはいいんだ」
「でも、悔しいじゃないか」
「そうだね。悔しいよね。寂しいよね。でも、仕方ないんだよ。遅いか早いか。その違いなんだよ」
だからね、とシャクヤクが肩をぶつける。お互いの指先が触れる。
「見ておこうよ。わたしたちの居場所が奪われる瞬間を。刻んでおこうよ。わたしたちのここに」
シャクヤクの掌があたしの胸に。あたしの掌は、彼女の胸に。
教師がノコギリを動かし、その太い幹を切り落とすのを。あたしはサンドイッチを頬張りながら。シャクヤクはおにぎりを頬張りながら。じっと見ていた。
不意に、目の奥から、熱いものがじわりと、湧き上がってくる。
「シャクヤク」
「うん」
「胸、借りていい?」
「うん」
あたしはシャクヤクの豊かな胸に、顔を埋めた。そうして歯を食いしばって。負けるか、負けるかって、自分に言い聞かせ続けた。
シャクヤクはあたしが落ち着くまで。ずっと頭を撫でてくれていた。
翌日の昼休み。あたしはパンとコーヒー牛乳が入ったビニール袋をぶら下げて、講堂へ向かっていた。もう屋根には上れない。それはわかっていたはずなのに、短い間にもすでに習慣となっていたあたしの行動は、やはり変えられなかった。何より、あのメス猿どもの顔を、見ていたくなかった。昨日のことを思い出すたび、殴りかかりたい衝動に襲われる。けれどもそこを、ぐっと我慢した。あたしえらい。超えらい。
大切な人のためにだったら、我慢できる。そのことを、あたしは知った。
講堂に到着する。迷わず裏手に回る。なぜだろうか。きっとそこにいると思った。
三角座りをしたシャクヤクが、おにぎりに齧り付いたまま、枝の一本失われた桜を眺めていた。
隣に腰を下ろす。シャクヤクはこちらを見ない。コーヒー牛乳を取り出し、ストローを挿す。シャクヤクは何も言わない。それでよかった。言葉なんて、なくてよかった。
そうやって二人、桜を見上げながら。あたしは小倉デニッシュを、シャクヤクはツナマヨおにぎりを、無言で食べた。
チャイムが鳴る。シャクヤクが立ち上がる。それからようやく、こちらを見た。
「ボタン」
「ん」
「今晩空いてる?」
「ん」
彼女が笑った。
「夜になるまで待ってて。ここで」
もう一度だけ上ろ。彼女は去り際に、そう言った。
夜が来る。どういうことだろう、と午後の授業中も考えていた。答えは出ない。わかっているのは、シャクヤクが何かを企んでいる、ということだけ。あれは、そういう笑みだった。答えは、もうすぐわかるはずだ。
日はすでに落ちて、辺りは薄闇に閉ざされている。こんな時間まで学校に残っていたことははじめてで、それはどことなく、あたしの見知った場所とは違っていた。
桜の幹にもたれて佇んでいると、丸い明かりが一つ、揺れながら近付いてくる。
シャクヤクだった。頭にライトがついたヘルメットをかぶって、重そうなリュックを担いでいる。
「待った?」
「待った」
「そういうときは、俺も今来たところ、って言うんだよ」
「そんなやり取りをする男も女も嫌いだ」
「えー。浪漫じゃん」
シャクヤクがリュックを下ろす。金属がぶつかり合うような音がした。ジッパーを開けると、杭のようなものが八本と、大振りの金槌が姿を見せた。
あたしは、すべてを理解した。シャクヤクがまた、悪そうな顔になる。
「はじめようか」
一本目を、あたしが打ち込む。桜の幹に向けて。力の限りに、金槌を振り下ろす。揺れたり動いたりしないのを確認して、シャクヤクが足をかける。金槌と杭を手渡す。力いっぱいに。シャクヤクが二本目。
交代に。登山用の足場を、桜の幹にあたしたちは打ち込む。明日になれば、ばれるだろう。誰がやったかは、すぐに発覚するだろう。でも、それでもよかった。
「先に行くね」
八本目を打ち込んだシャクヤクが、そのまま屋根の上に消える。あたしも続いた。
オレンジ色の講堂の屋根。今は暗くて、わからないけど。
ヘルメットを脱いだシャクヤクが、中央に寝転がっている。あたしも真ん中まで行って、寝転がった。黒髪のあたしと。茶色い髪のシャクヤクと。頭頂部から鏡写しに。あたしと彼女が同じ大の字のかたちで広がる。
満天の夜空。一面の星空が、あたしたちを包んでいた。
「これ」
あたしの頭の上から、シャクヤクの声がする。
「これも、わたし、やってみたかったんだ」
「やってみたいことが、いっぱいあるんだな。羨ましいよ」
「ボタンもそうなるよ。そのうちに」
「そのうちに?」
「だって。知ったらもう、戻れないもん」
確かにそうだ。夜空を見ながら、納得した。
「ねえ」
「今度は何」
「わたし、歩こうと思う。湖。夏休みに」
「そっか」
「あそこ、ネッシー出るんだって、ネッシー。見てみたいよね」
「ネッシーがいるのはネス湖だろ」
「根津湖」
「ダジャレかよ」
ねえ、一緒に歩こうよ。その声に、あたしは答えを返さない。
両手を伸ばす。指先が、別の指に触れる。
その指を。掌を掴んで、あたしは柔らかく握る。そうしたら、彼女が握り返してくる。
あたしたちは両手で繋がって、寝転んで、星空を見ている。
あたしは歩くだろう。
手を繋いで。彼女と一緒に、歩くだろう。
きっと、きっと。歩くだろう。
(完)
※当作品は【オンライン文化祭1011―夜―】に参加していました。
(C)Chabayashi Shouichi 2011.