■ バブルダイバー DIVE:04 単眼巨人(キュクロプス)

 風が大気を擦りあわせて、音を立てはじめた。
 波は高く、空より落ちる雨粒は一つ一つが大きく、濃密だ。それは嵐の前兆だった。
 その中に浮かぶ黒色の大型艇、シュワルツェンと命名呼称されているその艇の乗組員たちは状況をすでに嵐の渦中であると判断し、引き上げ作業に掛かっていた。
 シュワルツェンは全長約百五十メートル。こんごうよりも一回り大きく、また鋭角的な形状(フォルム)を見せている。直線が多く配され、ごつごつとした、堅牢で保守的なイメージを見るものに与える。そしてそれは船の設計思想や乗組員たちの信念(イデオロギー)にも直結するものであった。
 操縦室(デッキ)には五名の男がいた。こんごうのそれよりも、狭苦しく、灯りも暗い。原因は、壁一面を埋めている様々な計器類だった。こんごうの操縦室(デッキ)に最低限の装備しか配されているのに比べて、ここにはありとあらゆる事態に対処するための、すべての機材が揃えられているようだった。そして計器の前には、常に二人が張りつき、観測を続けている。
 乗組員(メンバー)はすべて同じような、旧世界の軍装に近い詰め襟服を着用し、長靴を履いていた。頭部にはこれもまた同じ意匠の角帽を被っている。全身の色は深緑で統一されていた。
「単眼巨人(キュクロプス)の回収は?」
 中央に立ち乗組員(メンバー)の働きを無言で観察していた男が口を開いた。計器板の前の男が答える。
「アルゲスは間もなく帰投。ステロペス、ブロンテスは十五分です」
「予測よりも時化が早い。急がせろ」
「了解(ヤー)」
 もう一人の通信員が音を慌てた様子で立ち上がり、振り向いた。
「アルゲスより通信! ソナーに反応! 何か近付いています!」
 操縦室(デッキ)にいる全員に緊張が走る。
「……足止めは失敗したか。よかろう」
 リーダーと思われる男が呟く。帽子を被り直し、右腕を肩まで上げた。
「単眼巨人(キュクロプス)に告げよ。黄色いサルどもを海の藻屑にせよ、と。すべては」
 全員が唱和した。
「我らが民族の下に」

 水深二十メートルの海はその頭上に比べて遙かに穏やかだった。厚い水の蓋は強い雨を通すことも、激しい風に凪がれることもない。
「動き出した。気付いたようだね」
「さすが、いい機材を使ってるな。あやかりたいモンだ」
「三時間後くらいにはアタシらのモンさ。沈んでなければね」
「お手柔らかに頼むぜ、姉御」
「あたしより、艇長(キャプテン)に釘刺しといた方がいいんじゃないかい?」
「返事は決まってるさ。『それはあちらさんが決めることで、俺が決めることじゃない』」
「絶望的だね」
「絶望的だ」
 泡を後方に吐き出しながらしらなみが滑るように前進する。そのすぐ後方をくろしおが追っていた。装備はいつもどおりだが、しらなみは前面にジュラルミンの厚板を構え、くろしおは右腕に、先ほどの探索で手に入れた店舗計算機(レジスター)を抱えている。
「確認しておくよ。ヤツらの着繰身(シェラフ)は三機。すべて同系統で、性能もほぼ同じだ。ただし、少しずつカスタマイズされているだろうし、武装も違うだろう。注意しな」
 軽口の中身ほど、ドーリンもテツローも内心の余裕はない。熟練の潜行者(ダイバー)が集う『こんごう』とわかっていて喧嘩を売ってくる相手なのだ。一筋縄でいくわけがない。
「メイン兵装は?」
「こっちと同じAPS(水中アサルトライフル)。マイクロ魚雷も持ってるだろう。あとは」
「電撃銛(ショックアンカー)」
 シュワルツェンの着繰身(シェラフ)、キュクロプスが装備している電撃銛(ショックアンカー)は有名だ。左腕に装備された銛は張鋼ワイヤーで本体に接続され、秒速百五十メートルで射出される。銛の先端からは電気ショックを放出することができ、その威力は魚類型変異種(ディープワンズ)をも一撃で打ち倒すことが可能だという。また、戦闘以外にも様々な用途に使える勝手のよい装備だった。
「距離三十。来たよ!」
 ドーリンの鋭い声が飛ぶ。くろしおのソナーにも反応があった。暗い海中を切り裂いて曳航線が四本。単眼巨人(キュクロプス)から発射されたマイクロ魚雷だ。
 多くの着繰身(シェラフ)の主兵装となっているマイクロ魚雷は潜水艦や駆逐艦に装備されているものよりも二回りほど小型で、炸薬量も四十から五十キロ程度。二本対で用いられるのが一般的だ。戦闘艦の分厚い船底を抜くほどの威力はないが、小型艇や海洋生物相手なら十分以上の打撃力を期待できる兵器だった。
 もちろん対着繰身(シェラフ)戦においても、それは驚異的な武器だった。
 ソナーによる自動追尾機構(ホーミング)を配備した魚雷を回避することは熟練の操縦手にとっても簡単なことではない。初手の撃ち合いで勝敗が決することも少なくなかった。
 こんごう側は今回、そのマイクロ魚雷を使い切っている。
「施しの時間だよ、鼠小僧(ミッキィ)!」
「だから動画の神様(ウォルト)とは関係ないって!」
 くろしおが抱えていた店舗計算機(レジスター)を盛大に振り回す。鉄箱の一部が開き、そこから中に詰め込まれていた硬貨(コイン)が飛び出し、散らばった。
 硬貨(コイン)たちが煌めき、海中に一瞬の星空をつくり出す。同時にくろしお、しらなみのソナーは乱れ、騒音が搭乗席内でタンゴを踊る。
 だがそのことは、魚雷の自動追尾機構(ホーミング)をも無効化したことを意味していた。
 ハイドロジェットとスクリューが回転を上げる。散開した二機が速度を上げ、射手に肉薄する。
 闇が満ちた視界の中に、単眼巨人(キュクロプス)が姿を現した。
 背後で爆発音が続けざまに四つ。閃光(フラッシュ)が眼前の機体を克明に写し出す。
 くろしおやしらなみよりも硬質で痩身のフォルム。その陰影(シルエット)はあおなぎに似ていたが、もう一段ヒト型に近い形状をしていた。テツローは以前に何かで観た、宇宙服を纏った偉大なる船長(アームストロング)を思い出した。
 頭部には名前の由来でもある大きな丸カメラが一つ、くろしおを睨み付けていた。
 くろしお、しらなみ、そして二機の単眼巨人(キュクロプス)がほぼ同時にAPS(水中アサルトライフル)をスライドさせた。
 二百四十米・毎秒(パー・セコンド)で撃ち出された十八・七五ミリ弾が海水に白線を次々に描く。
「鼠小僧はニンゲンだよ! ネズミじゃない!」
「ミッキィだって市民権を持ってたって言うじゃないか。それに、魔法(マジック)! だって! 使える!」
「自分たちの権利を延長する程度にはね! それと、巨根主義者(アンクルサム)のやり方に、俺たちが全面的に賛成していたわけじゃない、よっと!」
「あたしたちからはそうは見えなかったさ! 十時に一機!」
「わあっ! っと。ちくしょう、速い!」
「はじめっから着繰身(シェラフ)戦を想定してるんだよ、あの機体は!」
「何の意味があるんだよ! その設計思想に!」
「つまりはこういうことさ! 世界が沈んだくらいでヒトは変わらない。そういうことさね!」
 テツローが投げつけた店舗計算機(レジスター)以外に遮蔽物のない海中での銃撃戦。それは四回戦ボクサーの最終ラウンドに似ていた。ガードする腕は上がらず、ただ撃たれ、撃ち返すのみ。くろしおはしらなみの後ろに回り、しらなみはジュラルミンの厚板を突き出して前進する。弾丸が厚板を叩き、何発かが貫通してしらなみの装甲板を撫でる。
 着繰身(シェラフ)の被害で最も気をつけなければならないのが、駆動系へのダメージだ。特に深海であればあるほど、動けなくなることはそれだけで即死に繋がる。下手に回避をして背面の駆動系にダメージを受けるよりは、頑丈な前面装甲で受け止める方が被害が少なくなることも多かった。衝撃を弱められた弾丸ではしらなみの前面装甲を食い破ることはできない。こんごうの潜行者(ダイバー)たちはまた、それぞれが優秀な整備士(メカニック)でもあり、着繰身(シェラフ)の構造を熟知していた。
「……射程内だね。そろそろ来るよ」
「海ん中で電撃か。恐ろしいこと考えるよなぁ」
「いつだって自分たちの技術力が世界一だって信じてるのさ、あの民族主義者たちは! タイミング、間違えるんじゃないよ!」
 単眼巨人(キュクロプス)の一機、左肩に棘(スパイク)つきの盾(シールド)を装備した機が左腕を前方に伸ばす。その腕部には巨大な銛が射出孔に収められ、鈍色の光を放っている。
 左腕から煙(スモーク)が上がる。と同時に、五十センチほどの長大な銛が射出された。張鋼ワイヤーで接続された電撃銛(ショックアンカー)は一直線に飛び、しらなみが構えるジュラルミン板に突き刺さる。
 ジュラルミン板が振動する。銀色であったそれが銛の突き出た中央部から黒灰色に染まってゆく。銛の先端から放射された電撃は板を伝い、しらなみの駆動系に衝撃を叩き込む。はずだった。
 だが銛が放たれると同時に、ドーリンは厚板を捨てていた。そしてジュラルミン板としらなみの機影に隠れて。クロールするペンギンの如く静かに。
 単眼巨人(キュクロプス)二号機ステロペスにくろしおが接近していた。
 テツローが慣れた動作で左手辺りのスイッチを弾く。くろしお自慢の左腕が回転を開始する。
 左手が使えないステロペスは右手のAPS(水中アサルトライフル)で反撃を試みようとした。
 その右手に、握手(シェイクハンド)するように。
 くろしおの穿孔腕(ドリルアーム)が滑り込んだ。
 轟音と閃光。ステロペスの右腕がAPSごと引き千切られ、裁断される。数秒の間にステロペスの右肩より先は無と化した。
 くろしおが左腕を引く。ステロペスは動かない。動けない。
「グッバイ、戦闘狂(ギガンテス)」
 頭部にドリルを叩き込む。単眼の頭部が捻れ、千切れ。
 巨人は、堕ちていった。
 もう一機の巨人、ブロンテスが慌てて左腕をくろしおに向けた。が。
「よそ見してるんじゃないよ、坊や」
 カメラの視界外から近付いていたしらなみが、その頭部にAPSを叩き込んだ。自慢の単眼が、吹き飛んだ。
 目を潰されたブロンテスを背後から抱え込む。その姿勢のまま、APSの銃口で腹部を二度三度と叩いた。
 しばらくして腹部のハッチが開く。潜水服を身につけた潜水夫(ダイバー)が現れ、両手を上げた格好で水上へと泳いでいった。
「一丁上がり、と。姉御、どうする?」
「これだけの戦利品、捨てるわけにはいかないだろ。一人でやれるかい?」
「邪魔が入らなけりゃな。やってみる」
「単眼巨人(キュクロプス)はまだもう一機残っている。気をつけなよ」
「龍の瞳も光っている。何とかなるさ」
 スクリューが回転を高める。小さな泡を吐き出しながら、くろしおが泳ぎ去る。
 その背中を、ドーリンはしらなみのカメラで見守っていた。

   
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(C)Chabayashi Shouichi 2007.