シュワルツェン搭載着繰身(シェラフ)一番機アルゲスの搭乗者カールは戦慄していた。
どのような計画(シミュレーション)にも当てはまらない結果だった。こんごうメンバーが熟練の潜行者(ダイバー)集団であるのは知っていたし、その実力のほどもできうる限りの情報収集に務め、把握していたはずだった。
そしてその上で、たとえ妨害に出てきても撃退し得ると判断したのだ。
装備でも、着繰身(シェラフ)の機体性能でも、シュワルツェンはこんごうを遙かに上回っていた。足りないのは潜行経験量だが、シュワルツェン側の操縦者(パイロット)はカールを含めて全員元軍人であり、こと戦闘行動においては劣るものではないと考えていた。
恐ろしいのは青龍(ブルードラゴン)の射程外からの狙撃とくろしおとの格闘戦だけ。そのはずだった。
マイクロ魚雷さえ満足に配備していない相手にどうやって負けろというのか。三番機操縦者(パイロット)のミハエルはそう嘯いたものだ。
その油断こそが敗北を招いたのだろうか。否。口でこそそんなことを言っていたものの、彼ら三人の分析(シミュレート)と戦術(タクティクス)は慎重だった。慢心が没落に繋がることを、知らぬ者は我が民族にはいない。
しかながら、ステロペスとブロンテスからの通信は完全に途絶えた。それが現実だ。
判断を下さねばならない。水上の探査攻撃艇(クラーケン)に通信を送りつつ、カールはアルゲスの魚雷管を開いた。
シュワルツェン探査攻撃艇クラーケンの操縦室(デッキ)で彼らの艇長(ボス)であるアドルフは焦っていた。
アルゲスより送られてきた情報は想定の範囲外にあるものだった。単眼巨人(キュクロプス)の三機は今までに数多くの魚類型変異種(ディープワンズ)、そして数多くの着繰身(シェラフ)を沈めてきた。百戦錬磨の操縦者(パイロット)たちだった。
それがよもや、黄色いサルどもの集団(チーム)から手痛い打撃を被るなど。
あり得るはずがなかった。あってはいけなかった。
「どうなさいますか、大尉(ハオプトマン)」
副官のヨーゼフが努めて冷静に判断を仰ぐ。アドルフも、今が衝撃を受けて呆然としている場合でないと理解していた。
「アルゲスに通信。敵の反撃を食い止めつつ予定通り帰投せよ。当艦は探査ケーブルの回収とアルゲスの収艦準備を急がせよ」
「では」
「……仕方あるまい。一度撤退し、体勢を立て直す」
「ブロンテスとステロペスが敵方に何の打撃も与えず沈んだとは思えませんが」
「それは希望的観測論だな、曹長(フェルトヴェーベル)。敵方の被害を判断するためにも、ここは一度退く。それに」
「一機では引き上げも困難です、か」
アドルフは小さく頷いた。
アルゲスに伝えるべく通信管を持ち上げる。通信士が耳にしたのは、意外な音だった。
それは音楽(ミュージック)だった。その場には似つかわしくない。むしろ今の状況には最も相応しくない音楽(バラード)だった。
「何だ、この音楽は!」
「俺、知ってるぞ。こいつは……『想像してご覧(ジョン・レノン)』だ」
アドルフが双眼鏡を手に窓の外へ視線を向ける。こんごうの船影は遠く向こう側だ。甲板上には降着したあおなぎの印象的な陰影(フォルム)が見える。通信妨害をかけるには、距離がありすぎる。
それならばなぜ、と考えて気付いた。アドルフは吼えた。
「謀ったな! トーゴーめ!」
クラーケンから約五十メートル。その海上に龍(ロン)とトーゴーはいた。混合機(ハイブリッド)エンジンの駆動音が雨と競うように轟音を立てる。三機の着繰身(シェラフ)と共にこんごうに積み込まれていた三人乗りの小型ボート、ぎんれい。その存在を知っている者は、同業者の中にもほとんどいない。ボートの上には先生(ドク)から借り受けた機器が積載されており、その脇で雨合羽(レインコート)を被ったトーゴーがハンドルを握り、後部で龍(ロン)がライフルを抱えている。
この時化の中、小型のボートを出すことには危険が伴う。だが、だからこそそれが奇襲にも成り得た。
「趣味が悪いぜ、ドクも。天国なんてないって考えてみな(イマジン、ゼアズ、ノーヘヴン)、だとさ」
龍(ロン)は無言でライフルを構える。シュワルツェンの探査攻撃艇は目前に迫っていた。
「龍(ロン)。何か感想は?」
龍(ロン)が小さい、低い声で答えた。
「天国があるなどと考えたことは、一度もない」
ボルトアクション。薬夾が排出されるのと、シュワルツェンの歩哨が肩を押さえて倒れたのとはほぼ同時だった。
「乗り込む」
龍(ロン)は頷いた。
遠く向こうにこんごうが見える。降着させているあおなぎの搭乗席にはアワが。そしてこんごうの操縦室にはマニがいるはずだ。
着繰身(シェラフ)で取り付くと見せかけて、龍(ロン)とトーゴー自らが切り込む。それが作戦だった。もちろん危険な作戦だ。運任せな部分も大きい。
「だが俺たちが今生きているのだって幸運の産物だ。そうじゃなかったか?」
望まなかった妊娠。新型爆弾による大量殺戮。煙草。世の中はまぐれ当たり(ラッキーストライク)に溢れている。溢れていた。今更一つ増えようが減ろうが、大した違いはない。
トーゴーが最小限の減速でぎんれいをクラーケンに横付けした。ライフルを背負った龍(ロン)がタラップを架ける。クラーケンはこんごうより大型なので少し高さが足りない。龍(ロン)はタラップを駆け上がると、残りの距離を鮮やかに飛び越えた。
トーゴーは後に続いた。雨音に混じって靴音が近付いてくるのが聞こえる。
「気付いたか。だが遅い」
両腰から自動拳銃(ハンドガン)を引き抜き、狙点。そのまま無造作に歩いてゆく。銃撃も龍(ロン)とトーゴーの方が早かった。
一瞬でシュワルツェン側の三名が戦闘不能になる。長靴(ブーツ)の底が甲板を打ち鳴らす。リズムに合わせて大粒の雨も鉄を叩く。タンゴが黒猫(アンラッキー)を連れてくる。シュワルツェンの構成員(メンバー)にとってだが。
トーゴーは操縦室(デッキ)の扉を蹴り開けた。
「ご機嫌よう、三色旗(ドライカラーズ)。動くなよ。うちの狙撃手の腕は知っているはずだ」
「久々に友に会うとしては少々荒っぽくはないかね。キャプテン=トーゴー」
「見解の相違だな。丁重に扱ったつもりだが。これでも今日はまだ、機嫌がよかったのでね」
そこで言葉を切って、湿った煙草を吐き捨てる。そして乾いた銃声。
右手を腰にやったヨーゼフが膝を撃ち抜かれて悲鳴を上げた。床に転がり、脚を抱える。
アドルフは椅子に腰掛けたまま微動だにしない。
「……あんたらにハメられたと、気付くまではな」
「それも見解の相違だ。我々は互いの組織(チーム)を存続させるために動いているだけ。違うかね?」
「違いないが、不愉快なのもまた事実だな。皆が等しくハッピーに。そんな考えには至らないかい?」
「甘いことを言う。貴様らしくもないな、トーゴー」
アドルフとトーゴーの視線が交錯する。トーゴーの後ろでは長身の龍(ロン)がライフルを構えている。二人の通信士は硬直して動けない。
「酒場だと思うには殺伐とし過ぎるな。ここで何をしていたか、話して貰おうか」
「私が話すと思うかね?」
「話さなけりゃあ潜って調べるだけだ。あんたらを沈めた後でな」
アドルフは疲れたように椅子の背に深くもたれ込んだ。そしてため息を一つ。
「……石油プラントだ」
衝撃的な言葉を吐き出した。
「石油だと?」
「そうだ。故大国の国営企業が試掘権を持っていた」
「聞いたことがないな」
「大国の意向で極秘にされていた。公にはされていない」
「どうして知った」
「我が故国が技術提携をしていた。採掘がはじまれば二割を提供して貰う約束だった」
「だった、ということは採掘は始まっていなかったわけだ」
アドルフは頷いた。
「話が読めねぇな。だったら今探索しても、益はほとんどないはずだ」
世界が沈んだ後、石油はその八割が姿を消した。もともと砂の底、海の底に在った石油ではあったが、さらに深き底へ移動したことにより採掘はより困難となった。
何よりも打撃だったのは、採掘を行うための重機のほとんどが石油燃料で稼働していたため、採掘そのものが頓挫してしまったのだ。掘り出す手段そのものが掘り出されるそれに依存していたために起こった、皮肉な現実だった。
その現状は、当然この瞬間も変わってはいない。
「掘り出せもしないプラントを探索してどうする。そんなことにおたくらが手を出すはずはないと思うがね」
左手の銃口を軽く動かし、先を促す。アドルフは諦めたように口を開いた。
「……大国が我が国にも内密に、試掘を開始していた。その備蓄が、プラント内にある」
「なるほど、な」
石油が手に入れば、重機が使える。重機が使えれば、プラントの採掘も容易になる。シュワルツェンが描いたのはそういう青写真だったのだ。
「知っていたのは我々だけだ。場所がここでなければ、間違いなく我々が手に収めていたろう。残念だ」
「神のご加護がなかったな。自分らだけで世界を回そうとするから、そうなる」
「黄色いサルと手が組めるものか」
今度はトーゴーがため息をついた。
「アンタらはいつもそうだ。自分じゃなく、世界の方ばっかりを変えようとする。あれが嫌だ。これが嫌だ。色々なモノを排斥していって、それらを攻撃することで世界をつくろうとするんだ。窓から外を覗いてみな。その結果、何ができた?」
トーゴーが顎をしゃくった。
「アンタらも母星教団(スター・デストロイヤー)どもと一緒さ。そういうアタマが、地獄を呼び寄せたんだ」
雨が甲板を叩く音。波が船体を叩く音。ハイブリッドエンジンの唸り声。それに混じる、トーゴーの雨合羽から滴る水が床に溜まる音。
「武装はすべて戴いておく。故国に帰りな。アンタらは狭い世界で、ひっそりと生きてりゃいい。それがイヤなら」
言葉が途切れた。周囲の音がやけに五月蠅く耳に響く。
「黄色いサルや、黒いゴリラや、飛べない鳥や、頭のイカれちまった魚どもや。そういった輩と付き合っていく決心をしな。そいつが、たった一つの冴えたやり方ってモンだ」
アドルフは答えなかった。何も答えなかった。ただ静かに目を閉じた。
トーゴー銃口を外し、近付いた。
「着繰身(シェラフ)を引き上げさせろ。今すぐに、な。喧嘩の決着は、ついただろう。ん?」
反戦歌(バラード)は、いつの間にか鳴り止んでいた。
(C)Chabayashi Shouichi 2008.