■ バブルダイバー DIVE:07 幕間劇(インターバル) 中

 探査基地の建設と平行して周辺海域の探索が開始された。
 海底シェルターは南海の群島地帯に付随する大陸棚に乗りかかる形で建設された。最も近い陸地までは約九十キロの距離で、もともとはそれほど外界から孤立した位置にあったわけではない。
 津波から運よく逃れられたのは、爆心地から最も遠い位置にあったこともだが、それに加えて大陸棚の端に固定されていたことが大きい。津波は海上から海底までの距離が短くなればなるほど強く、高くなる。つまり外洋から大陸棚に乗り上げる瞬間に津波はその運動エネルギーを凝縮させ、膨大な質量を持つ高波と化す。強大なる神が拳を握り固め頭上に振り上げたとき、シェルターはその背中を眺めていたのだ。
 同様の理由で、もしも生き残っている者がいるとすればそれは、あの瞬間に外洋に出ていた者の方が確率が高いと思われた。
「だからと言って、陸の方を探さないわけにもいかんだろうよ」
 というアオキ技術主任の言はもっともだった。探索は群島の側と外洋の側と二方に向けられることになった。テツローは群島側の探索に回った。どう考えても群島側の方が、二足歩行重機が必要であるように思えたからだ。
 連絡艇と二足歩行重機一機という編成でテツローたちは出発した。連絡艇には操縦士としてミハエルと、テツロー自身はさほど懇意ではないジェフリー、バラードという名の技師二名が乗り込んだ。
「いると思うかい?」
 ミハエルが語りかけてくる。生存者が、ということは口に出さなくてもわかった。
「見当もつかないな。何せ、今までに経験したことがない」
「できれば一生したくなかったがね」
 ジェフリーが口を挟んできた。金髪の、口の軽そうな若者だ。
「しかしまあ、シェルターにいられたことは少ない幸運の一つだった」
 白髪混じりの黒髪をしたバラードが、こちらは重々しい口調で混ざってきた。
「他の幸運は?」
「そうだな。女房(ワイフ)には言えないことが多いようだ」
 声や見た目ほど重苦しい性格ではないようで、テツローは安心した。
 そういえば、外部に家族がいる職員(スタッフ)たちは今、いったいどういう気持ちでいるのだろう、とテツローは思った。津波を乗り越え、事後処理が終わったあとには各所に連絡を取る職員(スタッフ)の姿が見られた。だが今ではそういった姿を見かけることは稀だし、皆意識的にか家族の話題は避けているような気がする。
 かくいうテツローも両親に連絡を取ってはみた。が、当然すべての通信機器は役に立たず、状況はわからぬままだ。常識的に考えれば、移民船団の送迎員として現地にいたはずの両親が生き残っている可能性はゼロに近い。だが、確認が取れないうちは希望的観測を想像しうる選択肢の中に残してしまうのだった。
 一つ心配していることはある。シェルターにいたのは確かに感情よりも理性を優先することに長けた者たちだ。だが、それにしてもあまりにも混乱が少なすぎるんじゃないだろうか。数名くらいは、慌てふためいたり、叫びだしたりする者がいてもおかしくないんじゃないだろうか。それがないのは、もしかすると、テツローを含む全員が、現実から受けた大きな、大きすぎる衝撃の渦から抜け出せていないだけじゃないか。そう思ったりもするのだ。
「そろそろのはずだが」
 計器盤の数字を追っていたバラードが誰にともなく告げた。ミハエルが双眼鏡を手に取り、両目に当てる。テツローも立ち上がり、壁からドライスーツを引ったくった。
「何も見えないな」
「双眼鏡を使うまでもない。一面真っ平らだ」
「こいつを彼女(シー)と呼ぶ意味がよくわかったよ」
「そうだな。どちらも起伏がある方がいい」
 反論が起こらなかったのは、つまりはそういうことなのだろう。
「潜ってみる」
 スーツを掲げながら、他三名に言葉を投げた。二名は頷き、一名は片手を上げて了解の旨を告げた。  金属製の階段(タラップ)をリズミカルに降りる。ずんぐりとした、水棲鳥類(ペンギン)のような姿の二足歩行重機が伏臥していた。
 重機の隣りに強化プラスチック製の救命艇が保護柵(セーフティロック)の外れた状態で転がっていた。万一の場合を考えて連絡艇に常設されている装備だ。訝しく思ったが、確かに今ほど非常の場合というのもなかなかにない。三人のうちの誰かが最悪の場合の準備として出しておいたのだろう、とテツローは結論付けた。
 操縦席に乗り込むと、ミハエルからの通信が入った。
「モニタ完了。バッチリ見ててやるから、安心して潜って来な」
「女の子が泳いでいるのを見つけても?」
「問題ないさテツロー。そのとき俺たちの視線の先は、上半身か下半身かのズレだけだ」
「まずは上半身だろう?」
「美女(ボンドガール)は脚から登場するんだぜ。ほら、そろそろ行きやがれ」
 疲れたら替わってやる、というミハエルの声に了解(ラジャー)と答えて、テツローは重機(ペンギン・ダイバー)を起動した。
 画面(モニタ)に泡が広がる。一気に五メートルまで滑り落ちた。
 思わず舌打ちする。全高が八メートル弱ある二足歩行重機にとって十メートル以下の水深は水面に浮いているのに等しいが、それでも衝撃は少ないに越したことはないし、ゆっくり潜行した方が機体の負担も小さい。整備技術はともかく、操縦技術においては、海軍にいたこともあるというミハエルにテツローはまだまだ及ばない。
 テツローはそのまま、スクリューとバラストだけを使って二十メートルまで潜る。時折両腕(フィン)を使って進行方向を変えた。
 光の先に濁った水以外の遮蔽物が映る。両脚が硬度のある平面を踏みしめた。約五十メートルの沈下。島の最上面がそこにあった。
 光の帯を回す。大質量の水による破壊の跡が晒されていた。ささくれ立った金属の棘があちらこちらに乱立し、それ以外の突起物は一切が排除されている。そして折れ曲がったり、根本から切断されたそれらの残骸が均された平面の上に積み重なっている。浮遊物(デブリ)が漂っているのか、時折帯の中を影が通り過ぎた。
 テツローは跳躍(ジャンプ)を何度か繰り返し、施設の周辺を巡回してみた。が、どこもかしこも多少の形状が違うだけで、状況は同じだった。生存者には、出会わなかった。
 テツローは浮上準備を開始した。潜ってから一時間が経過している。現状でこれ以上の探索は無意味だと感じた。手近にあった残骸をマニュピレータで一掴み取ると、慣れた手つきでバラストを操作した。
 鋼の水鳥が泡をまとわりつかせながら上昇してゆく。ライトは上方に向けられていた。
 深度十五メートル辺りで、闇が薄まってゆく。その中でテツローは、モニタの中に意外なものを見た。意外な音を聞いた。
「……船?」
 光の帯の向こう側に見えたような気がしたのはおそらく船底で、聞こえたのはおそらくエンジン音だった。

「戦闘艦だな。どこの国のものかはわからんが」
 そう言ってバラードが譲ってくれた空間(スペース)にテツローは首を突っ込んだ。モニタに映し出された、漁船や客船にはない艦橋や艦砲、銃架が認められるその外観は、バラードの言葉を裏付けていた。
「生き残りが、いたんだ……」
 テツローの呟きが部屋に満ち、空気を和らげてゆく。そうだ。生き残りがいたんだ。テツローが言葉に出したことで、それが実感となり、全員の胸の内に広がった。
「だけど、戦闘艦だぜ?」
「それを動かせる技能者(スタッフ)だからこそ生き残ったともいえるだろう。厄介なことになるかもしれんが、世界に生き残りが我々だけという憶測に比べれば、まだしも希望がある」
「同感だね。生き残りは多い方がいい。特に、美女は」
「そうでない女性は?」
「すべての女を美女だと思えるような、広い心を待たなきゃいかんよ、テツローくん」
 ともかくも何らかの行動を起こす必要があった。
「連絡を取ってみたいな。どうするか」
「無線が使えないかな」
「使用帯域がわからないだろう」
 恒常的に用いられていた光通信、衛星通信を含め、保守にマンパワーを必要とする機器は当然の如くすべて使用不可能になっている。こういった状況では、極めて前世代的(アナログ)な方法に頼るしかなかった。連絡艇に積み込んでいる無線の通信帯域は常に開けっぱなしにしてある。ジェフリーが録音した演説(メッセージ)が今も回転(ローテーション)しているはずだ。いつどこで誰が拾ってくれるか、わからないからだ。
「お、通信だ」
 ミハエルの声で、我に返ったテツローはモニタを見た。画面の中には、戦闘艦が変わらず映し出されている。そして戦闘艦の艦橋付近から断続的に送られてくる光(フラッシュ)。
「……モールス信号」
 テツローは認識した。世界が失われるというのは、こういうことだ。

   
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(C)Chabayashi Shouichi 2008.