■ バブルダイバー DIVE:08 幕間劇(インターバル) 下

 連絡艇の操縦室(デッキ)は明らかに定員超過だった。
 限られた空間を最大限活用するために、計器類や操縦系統はできうる限り無駄を廃して設置されている。それでも椅子を四つ用意すれば、搭乗者同士がすれ違うように移動するだけの空間しか残されない。そして操縦室には金髪のジェフリーがいて、ごま塩頭のバラードがいて、栗色髪のミハエルがいて、黒髪のテツローがいた。今はそこに、新たに二名が追加されている。
「俺の名前はトーゴー。こっちはドーリンだ」
 乗り込んできたのは男と女で、まず男の方が口を開いた。歳の頃は三十代だろうか。テツローと同じか、その周辺が出身と思われる肌の色や顔つきをしている。女は南方系の褐色の肌とブルネットの髪を持っていた。切れ長の目に凄みがあり、テツローたちを観察するように俯瞰している。
 自己紹介を終えたあと、バラードが交渉役として話を切りだした。
「まずはお互いの持っている情報を交換したい。生き残りに出会ったのは今日が初めてなのでね」
「そいつはこちらもだ。まずはなぜ運よく生き残ることができたのか、その辺りを確認したいね」
「先に神への感謝を捧げるべきだと思うかね?」
「感謝を述べるなり悪態を吐くなり、そいつはそれぞれでやってくれ。準標準語(コモン)があることは感謝してもいいがね」
 当然のことだが、ここにいる全員、そしてこれからテツローたちが出会うかもしれない生き残りたちは、まず出身も、生きてきた文化も違う者たちだろう。異文化と交流する際、最初に障害となるのが言葉の問題だ。明確な意思の疎通は言葉が通じることで初めて可能になる。情報の交換にしても然りだ。世界に基盤となる言語が確立されていたのは、テツローたちとトーゴーたちお互いにとって僥倖だった。たとえそれが、歴史を紐解けば武力による侵略という事実、それも何世代にも渡る、積み重ねられた記録から何一つ学び取ることがない幼稚で低俗な知性の延長線上に形作られたものだとしても。
「我々は打ち上げられるはずだった異星移民船団の研究スタッフだ。海底シェルターで二足歩行重機のデータ収集を行っていた。それで助かった」
「シェルターは無事なのか?」
「ああ。我々を併せて四十名が生き残っている」
「そいつはここ最近で一番のいい話(グッドニュース)だ。あと七名いりゃ討ち入りもできるな」
「君たちを入れればあと五名だ。それに、四十六名だったという説もある」
「知っているのかい?」
「どちらかといえば単身乗り込む話の方が好みだがね。時代劇(チャンバラ)も、西部劇(ウエスタン)も」
「近頃のお話(ムービー)は女が男の背中を守ることが多いようだ」
 トーゴーは背後の女性を振り返ってみたが、女は表情を変えず壁に寄り掛かり、佇んでいた。
「今度はそちらさんの番だぜ」
 ジェフリーが促した。トーゴーは頷くと、上衣のポケットから箱を取り出した。煙草だ。
「ここは禁煙だ。見ての通り、精密機器だらけでね。いつ修理できるかわからぬ状況だ。寿命は一秒でも長い方がよくないかね?」
「機械だけでなく、ってわけかい。こいつは失礼」
 トーゴーは煙草を戻し、椅子に座り直した。
「俺は……とある国の、諜報機関に所属している。いや、所属していた、という方が今の状況では正確かな。そちらのお姉さんも、国は違うが、似たようなものだ」
「それで、どうして生き残ることができたのかね」
「それを説明するには、任務の内容を明かさなきゃならないんだが……。こいつももう、いいだろう」
 暫く視線を彷徨わせてから、トーゴーは口を開いた。
「俺は任務で、母星教団の支部に潜入していた。移民船団打ち上げに併せてテロを起こす動きがあるという情報を入手したからだ」
「母星教団!」
 テツローは思わず声を挙げた。テツローも知っている、かなり大規模な新興宗教団体だ。確か親戚の叔父も入信していて、父親と何度か宗教関係の話をしていたような記憶がある。
 母星教団の本尊、というか崇拝対象は、この星そのものだ。もともとはエコロジーや希少動物保護を掲げていた環境保護団体だったらしい。それが団員(メンバー)が増えていく中でいつの間にか、自らの棲んでいる星そのものを崇める宗教的な集団へと変貌した。政府や企業との対決を繰り返すうちに団体は過激化、武装化し、最終的には宗教集団というよりも武装テロ集団のような様相を呈していた団体のはずだった。
「あくまで俺の経験だがな。理念で集団が動くのは、そうだな。多くても二桁くらいまでだ。それ以上の規模になれば、集団は理念以外のもので動く。いや、動かざるを得なくなる」
 母星教団もその類の一つだろう、とトーゴーは醒めた口調で言う。集団が理念から遠ざかっていく。そんな現場をいくつも目にしたことがあったのだろうか。テツローにはちょっとわからなかった。
「俺は教団に潜入し、真偽を探った。繋ぎをつけた団員から俺が得たのは、信じたくない真相さ」
 ポケットに伸びる手を抑えて、トーゴーは言葉を継いだ。
「計画され、実行に移されたのは異星移民船団の爆破テロ。つまり今俺たちがいるこの世界をつくったのは、ヤツらだ」
 全員の表情が凍り付いた。爆破テロ。船団の爆発は、何らかの技術的欠陥か誤りから生じたものだとテツローは思っていた。それがまさか、悪意あるものの手によって引き起こされたものだったなんて。
「……各国政府は、何をしていたんだ」
「それぞれに情報を得てはいたさ。対策もしていた。だが、一手遅かった。それが今回の結果だ」
 テツローは叫んだ。
「嘘だ!」
 全員の目がテツローに集まった。
「だって……星を守りたい者たちが、そんなことをするはずないじゃないか。母星教団ってのは……この星がご本尊なんでしょ? この星の環境とか、自然とか、そういうものを守りたくて集まったんでしょ? なのに何で、こんなことをするんだよ!」
「坊や(リトル)」
 思わぬ方向から声がした。それは女性にしてはちょっと低めの、重々しい声色だった。
「そこのキザ男(ジェームス・ボンド)がさっき言ったけどね。大きな規模の集団は、理念以外で動く。星を荒らし、傷つけるだけ傷つけて、危なくなったから他の場所へ逃げ出す。そんな連中は許すことができないってのがヤツらの理屈さ。で、そいつらへ鉄槌を下すためには、多少の犠牲はやむを得ない」
「多少? これが?」
「坊主、聞きな」
 今度はトーゴーだった。
「母星教団内に技術部という部署がある。教団の実態は武装テロ集団だ。そこの連中が兵器やら爆弾やらを開発しているわけだ。つまりこいつらは、教団で最も科学的知識を持っている連中というわけだ」
 アンタらのお仲間みたいなものさ、と続けられてテツローとジェフリーは癇に触ったが、何も言わなかった。
「計画が通達されたとき、こいつらはそれが行われた際の被害を想像し、実際に計算した。一般には知られていないがな、この技術部の連中ってのは、アンタらが思っている以上のお偉いさん方(エリート)の集まりだ。名前を出せばアンタらも知っているような大学教授や技術者も含まれている。大規模爆発の結果がこういう状況を引き起こすことには当然気付いた」
「気付かない方がどうかしているな」
 ジェフリーの言葉に対して、トーゴーが苦笑を漏らした。
「それさ。アンタは技術者だ。世界の仕組みを知っている。水が二つの水素と、一つの酸素でできていることを知っている。けれども」
「それを皆が知っているわけじゃない」
 言葉を継ぎ足したドーリンの声は鋭かった。ジェフリーは両手を挙げて、降参の意を示した。
「技術部の者たちは、幹部連中に、報告と共に警告を発した。何名かは連名で上申書も提出したらしい。この星自体が駄目になるってな。だが、上の決定は変わらなかった」
 そして、今のこの状況があるのか。歴史という名の道は多くの分岐点が寄り集まってできているという。幾星霜の分岐点があった。そして選ばれたのが、この現実なのか。
「俺は実行の数日前に計画の全貌を知った。最後の報告を挙げる時間と機会はなかった。それで俺は……安全な場所へ、逃げたのさ」
 そこでその姉ちゃんと出会ったわけだ、とドーリンへ振り向いた。ドーリンは一つ頷いただけだったが、それが経緯説明終了の合図だった。
「教団員たちは?」
 ミハエルが聞いた。
「幾らかは逃がしてしまったがね。大半は捕らえられるか死んだはずだ」
「そうか……」
 テツローは少し溜飲が下がったというか安心したが、それで何かが変わるわけではない。すべては、過去の話だった。そして現在のテツローはといえば、トーゴーの話に強く打ちのめされていたのだ。ジャブ、フック、ストレート。最後に、アッパーカット。
「ともかくも、これからどうするかだが」
 バラードの言葉に我に返った。
「それなんだがな。俺たちの方から一つ提案がある」
 トーゴーが身体を乗り出した。
「実はな。陸地が残っている場所がある」
「……何だと」
「ここから八百キロほどの距離だ。生き残りも二百名ほどいる。シェルターにいるのは、皆学者や技術者だろう。これから先も、俺たちが生き残るために必要なのは知識だ。専門的な技術だ。力を貸して欲しい」
 テツローたちの心は決まっていた。シェルターに籠もっていても先はない。いつかは出なければならないのだ。それならば、陸のある場所に赴く方がいい。
「即答はできないので、一度戻って相談してみる。だがおそらく、よい返事ができるだろう」
「磁気嵐も晴れた。八百キロなら何とかなるんじゃないか」
 では後日、ということで解散となった。色々考えたいこともある。数日の猶予は、有り難かった。 全員が立ち上がり、支度をはじめる。テツローが扉を開いた。ドーリンが先に抜け、トーゴーが続く。
「ああ、そうだ。一つ思い出したことがある」
 トーゴーが通路で立ち止まり、振り返った。
「母星教団の話だがな。確かアンタらのお仲間にも潜伏者がいたはずだ。アンタらも気をつけた方が……」
 トーゴーは最後まで言い切らなかった。視線の先で、ミハエルが、拳銃をバラードの首筋に突きつけていたからだ。
「……ミハエル?」
 信じられないものを見るように、テツローはその光景を見ていた。
「動くなよ。せっかく生き残ったんだ。命は大切にしろよ。テツロー、壁に寄れ。ドーリンさんと、トーゴーさんだったかな。出入り口から離れて貰おう」
 トーゴーは両手を挙げ、扉から離れて壁に寄る。テツローに目で合図した。テツローは頷いて、トーゴーの真似をして壁に寄る。
「ミハエル。君がそうなのか?」
 バラードの声は冷静だった。ミハエルは答える代わりに、バラードの身体を引っ張って移動した。
「お姉ちゃん。聞こえなかったのか。こっちへ来て、道を開けるんだ。その物騒なものも捨てて、な」  操縦室の床を黒い物体が滑ってきた。続いてドーリンが、両手を挙げて出てくる。そのままテツローの隣りに、身体を投げ出した。
「オーケィ。そのまま動くんじゃないぜ。しばらくの辛抱だ」
 そのまま出入り口へ少しずつ近付いていく。床に拳銃が転がっている。だが拾い上げたところで、何ができるだろう。
「な、なあミハイル。何かの冗談だろ。お前が母星教団なんて、そんなわけ……」
 ジェフリーが一歩踏み出したと同時に、乾いた音が響いた。金髪の若者が、膝から崩れ落ちる。
「警告は、したぜ」
 銃弾を発射して熱された銃口を再び突きつけられたバラードが低く呻いた。そのまま、バラードを盾にして、ミハエルは扉の奥の闇へと消えた。
 トーゴーとドーリンが素早く動いた。ドーリンが拳銃を拾い上げるのと同時に、トーゴーも背中から拳銃を引き抜いた。
 そのまま暗闇の向こうへ消えてゆく。その背中を見送ってから、テツローはゆっくりと動き始めた。
 床に倒れたジェフリーに近付く。血溜まりが一秒ごとに広がっている。助からないのは、素人のテツローにもわかった。
「ジェフリー、ジェフリー」
 それでもどうしようもなく、ただ声をかける。もちろん声は返ってこない。その無意味な行動を、テツローはただ、続けた。頭が真っ白になっていた。
 どれくらいそうしていただろう。
「坊主」
 後ろから声をかけられた。テツローは振り向かない。そのまま、ジェフリーの名前を呼び続けた。
 何度か声をかけられる。無視した。溜息の雰囲気がした。
 突然肩を掴まれ、振り向かされた。頬に衝撃があった。
 気がついたときには、壁に叩きつけられていた。眼鏡が飛んで、視線の先に転がっている。丈夫な眼鏡だな。そんなことを思った。
 髪を掴まれた。目の前に、トーゴーの顔があった。
「よく見ろ」
 強制的に動かされた視線の先に、横たわるジェフリーの姿がある。それはただ、赤く染まった床の上にあった。
「よく見るんだ。彼はもう助からない。これが現実だ。今、お前さんが生きている世界だ」
 テツローは若者の死体を見つめた。死んだ? 俺の目の前で?
「坊主。今までお前さんがどんな世界で生きていたかは知らない。だが、世界は変わった。変わっちまったんだ。少しでも気を抜けば命を失う。それが今の世界だ。この世界で生きていきたけりゃ、ああ無情(ジャン・ヴァルジャン)や厳窟王(モンテ・クリスト)にならなくちゃいけねえ。どちらかを読んだことは?」
「……デュマの方なら」
「上出来だ。そいつを忘れるなよ。強くなるんだ、生き残りたけりゃな」
 髪の毛が解放された。頭の上に、二つの顔がある。テツローは立ち上がった。
「残ったのはお前だけだ。坊主。差しあたっては、お前さんに、海底シェルターまで案内して貰わなきゃいけない」
「……バラードさんは?」
「やられた。逃亡者の置き土産だ」
 そうか。ミハエルは逃げたのか。救命ボートが転がされていたのを、テツローは思い出した。
「やらなきゃいけないことは山ほどある。嘆いたり、落ち込んだりするのは、すべてが終わったあとだ。立ち上がるんだ。自分の脚で。いいな」
 テツローは、頷いた。弱々しくだが、それでも、確かに。
「善し(グッド)」
 褐色女性が尻を叩く。それから、肩に手を回された。背中に柔らかいものが密着する。
「まずはこいつをシェルターまで運んでくれないかい。アンタにしかできない仕事だ。しっかりやりな」

 トーゴーたちとジュリアたちの間でどのような話があったのか、詳しくは知らない。だが、全員がシェルターを出て、残された陸地へ移動したことは事実で、それは新しい世界の、第一歩の歴史的事実だ。
 大地を得た技術者たちは、その力を十二分に活かすため、一つの集団を結成した。その集団は、方舟(ノア)と命名された。
 シェルターの生き残りは、ただ一名を除いて方舟(ノア)に入った。そして、舟(コミュニティ)に入らなかった一名は、実物の船(シップ)に乗り込むことを選んだ。新しい世界で、生きていく力を身につけるために。
「……もう一度名前を聞いておこうか。坊や」
「テツロー。これからよろしく、姉御」

   
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(C)Chabayashi Shouichi 2008.