■ バブルダイバー DIVE:12 悪魔(ブルーズ)

 殊更テツローを子供扱いするつもりはないが、それでも頭のどこかで彼のことをまだまだ子供だと認識している、とドーリンは思った。
 本質はそう単純なものではない。が、わかるように言葉にして表すならば、そういう認識がまだしもわかり易い。
 こんごうには現在八名の乗組員(クルー)がいる。だがこの八名は、明確に二つのグループに分けられる、とドーリンは考える。先生(ドク)、テツロー、三姉妹のグループ。そして龍(ロン)、トーゴー、そして自分のグループ。
 年齢の問題ではない。持っている価値観や倫理観。それぞれの根底にある、言うならば生き方の違いだ。
 だから。ドーリンたちには、テツローたちには見せたくないこと、知って欲しくないことが山ほどある。
 今、ドーリンが意図的に単独行動を採っているのも、そういうことだ。
 前方五百メートルに敵影が迫っている。普段は絶対にしないような、水深十二メートルの浅度潜行でしらなみの機体を進める。着繰身(シェラフ)とは思えない細身の胴体部から、突き出るように伸びる針金のようなマニュピレータ。その背部に広がる、翼のような推進鰭(フィン)。ドーリンたちからすれば、まさに悪魔(デビル)だ。
 漆黒の悪魔を狙って二十五ミリ弾がこんごうの船上から放たれる。悪魔(デビル)はそれらを見事な運動性能で回避してみせる。直線的でない、円を描くような機動。機体もそうだが、乗り手も只者ではない。
 あおなぎからの射撃は常以上に精確だ。今回ばかりは、相手の動きを止めるための弾幕(バラージ)ではない。搭乗部(コクピット)を狙った、搭乗者の命を奪うための狙撃(スナイプ)だ。相手も熟練者(プロ)なら、今ので理解したはずだ。
 それを感じて、乗るか、退くか。
 おそらく乗るだろう。これは、そういう相手だ。そういう戦いだ。
 その戦いを、できればテツローたちには見せたくなかった。
 これはあたしの甘さだ。ドーリンは思う。もしも自分にも母性本能といった女性らしさが欠片でも残っているとすれば、それはこういうものなのかもしれない。
 必要なのはわかっている。テツローや三姉妹は、自分たちに近付こうと頑張っている。努力している。それは、必要なことだ。この世界で生きていくなら、大切なことだ。
 だが、それでも。テツローには自分やトーゴーのようにはなって欲しくないと、心のどこかで思っている。龍(ロン)がどう考えているかはドーリンにもよくわからないが、三姉妹を自分のようにしたい、とは思っていないように見える。拳銃の扱い方だけは教えていたようだが、それ以外の火器は触らせない。それがおそらく、彼なりの線引きなのだろう。
 だから。この戦いだって、できれば見せないほうがいい。これは、オトナの仕事だ。
 気分が高揚していくのがわかる。久々の、命のやり取りだ。
「オーケィ、わかってる。あたしたちゃ悪魔(デビル)さ。お互いに、な」
 ジェットを開く。APS(水中アサルトライフル)をスライドさせる。距離を取られれば追いつけない。初撃が勝負だ。
 動きを鈍らせる。そうすれば、後は龍(ロン)が片を付けてくれるだろう。的の大きい推進鰭(フィン)に狙いを絞った。
 双頭の海豹(ダブルシール)が、最後の一撃を加えようとストライクヘッドに突進する。その瞬間に照準を合わせる。
 だが。世界は予測できない未来に満ちている。
「気付いた?」
 悪魔がV字に行く先を替えた。しらなみの方へ正面から向かってくる。しらなみに積んであるモノ以上の索敵装置。もしくは、勘。どちらにせよ、大したものだ。
 二挺のAPSを斉射する。銃弾をすべて捨てるつもりで引き金(トリガー)を絞る。不意を衝けなければ、しらなみに勝ち目はない。どんな着繰身(シェラフ)でも、そうだろう。
 老練な鮫の如くに、しなやかな運動で障害物のない海中を泳ぎ回る。しらなみの上方、近海面を滑るように疾る。ドーリンは下から上へ撃つことになる。弾の威力は殺される。速度は落ち、たとえ命中したところでどれほどの被害を与えられるか。
 全弾撃ちつくし、身軽になったと同時にスクリューとジェットを限界点(レッドゾーン)まで振り回す。魚雷はない。弾も尽きた。あとは格闘戦(ドッグファイト)しかない。
 しらなみの左腕部が開いてダイバーズナイフが飛び出す。黒い機体が眼前に迫る。高速回転刃(チェーンブレード)が唸りを上げ、海水を泡立てる。
 悪魔が急降下する。機体を半回転させ、ナイフを突き入れる。すれ違う。お互いに一撃。
 計器盤が異状を告げている。左のスクリューを一つ、持っていかれた。ハイドロジェットもやられたかもしれない。だが、致命傷は避けた。しらなみの斬撃は、わずかに翼を掠めた程度だろう。
 悪魔が悠々と旋回する。次はかわせない。ドーリンは覚悟を決めた。
 ナイフを前方へ突き出す。正面に黒い高速艇が見える。
 火線が走った。それも、しらなみよりも深い場所から。
 ソナーが見知った反応を返している。太りすぎのペンギンのような、これぞまさに着繰身(シェラフ)といった、外装色以外はまったく正反対の潜水艇。
「テツロー……」
 雑線(ライン)で埋め尽くされたモニターではわからない。だが、くろしおがゆっくり浮上してくる姿が、ドーリンの瞼の裏には映っていた。
 数瞬、迷う素振りを見せて、悪魔は背を向けた。雑音だらけの通信が飛び込んでくる。
「姉御! 無事か! おい! 聞こえてるんなら、返事してくれ!」
 聞こえているさ。心の中でだけ返事してから、座席(シート)に全体重を預けた。いつものように、軽口がすぐに出てこない。さて、どのように返答したモノか。
 澱んだ、静かな海水がしらなみを包んでいる。テツローの喚き声が、耳元で聞こえる。
 それに混じってどこかから。ハモニカの音色が聞こえたような気がした。

   
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(C)Chabayashi Shouichi 2009.