■ バブルダイバー DIVE:15 海上の煙(スモーク・オン・ザ・ウォーター)

 屑鉄を溶かしてつくった船長室のドアをノックすると、どうぞ、と返答があった。
 ドアを開けると、部屋の中はすでに煙に占領されていた。
「お先にやってるぜ、色男(プレイボーイ)」
 円筒形のシガーライターを弄びながら、そんなことを言う。愛用していたオイルライターを失くしてから、新しく手に入れたらしい。前のライターは今、テツローのワークパンツの、ポケットの中だ。
「それで?」
 煙を手で払いながら聞いた。トーゴーは気に留めることなく盛大に煙を吐く。
「ちょっとしたモノの考え方ってやつさ、テツロー。今から俺が話すのは、そういった類のことだ。だが、ときにはそいつが重要になるときもある」
「回りくどいぜ、船長(キャプテン)。あんたらしくない」
「率直なことが正しいとは限らないって学んだはずだがな。三十分ほど前に。苛つくなよ、坊や。長女か末っ子のどちらかを寝室にでも待たせているのか?」
「一流諜報員(ジェームズ・ボンド)だったらできるかもね。教えてくれるんだろ」
 テツローはトーゴーが腰掛けている机に近付いた。
「知りたいんだ。どうやったらあいつらに勝てるのか」
「勝ち負けじゃねえ。どうやったら損を取り返せるか。そういう話さ」
 労力は最小限でな、という言葉を実践するためか、トーゴーは不安定な大勢のまま、机の引き出しを漁る。取り出したのは、一枚の紙切れだった。
 差し出されたそれを無言で受け取る。
「……手配書?」
 煙草が縦に揺れる。
「方舟(ノア)と交渉して、報賞品を懸けて貰った。晴れてお尋ね者ってわけさ」
 文字を追う。海賊たちの特徴が、わかる範囲内で事細かに羅列されている。それから一番下に、常套句(デッド・オア・アライブ)と、懸賞金替わりの報賞品。
 テツローは手配書から顔を上げた。
「けど、報酬が試作品(プロトタイプ)の着繰身(シェラフ)一機、ってのは割に合わないんじゃないの?」
 試作品(プロトタイプ)ということは、おそらくは動作試験用重機(ペンギン・ダイバー)のことだろう。テツローが、トーゴーたちと初めて出会ったときに操縦していた、あの旧式機だ。貰っても、そのままで使用に耐えるものではない。危険度と照らし合わせれば、美味しい仕事とは言い難い。
「割に合わなくていいんだ。こいつで捕まえるのが目的じゃない」
 テツローは怪訝な表情を浮かべた。
「いいか。こいつの一番の目的はな。今この海に、こういう海賊がいるってことを、そこで仕事をしているヤツらに教えることだ。この情報を、行き渡らせることだ。例えば俺たちがこいつを知っていて、それらしいのに遭遇したとする。どうする?」
「まず逃げるだろうね。余程のことがない限り」
「そういうこった。仕掛けるヤツらもいるかもしれんがな。そいつらは大抵、切羽詰まった連中だ」
「……双頭の海豹(ダブルシール)を干上がらせる、ってことか」
 トーゴーが口の端を上げた。
「そういうことだ。資源を持ってるヤツらは逃げる。突っかかってくるのは、潜るだけの設備もない潜行者(ダイバー)くずればかりってことだ。狙われた船すべてが逃げ切れるとは限らねえがな。仕事はやり難くなる。こいつは間違いない」
 テツローもその言には頷いた。
「だけどさ。わかっているのは船の型と旗印(ジョリー・ロジャー)だけだろ。これを替えられたら、お手上げなんじゃないの」
「今までならな。実際、そうしてきたんだろう。でも今じゃあ、替えはその辺りに転がったりしちゃいねえ。ここは、そういう世界だ」
 トーゴーは煙草(シガー)を根本まで喫い切り、机の端に載せていた陶器(セラミック)の板で揉み消す。次の一本は、いつの間にか唇に銜えられていた。
「だが、テツローの意見も尤もだ。海豹(シール)どもが新しい看板を掲げる前に、片をつける必要がある」
 次にトーゴーが引き出しから取り出したのは、四隅が擦り切れた海図だった。
「……いったいどこから見つけてくるんだよ。こういうの」
「必要だと思って探せば見つかるもんだ。何事も努力と根気だな。捜し物は特に、な」
 言外に何が含まれているかは敢えて聞かなかった。トーゴーが広げた海図を覗き込む。
「この前は民族主義者たちにしてやられたがな。今度はこっちが同じ手を使わせてもらう」
「どういうこと?」
「蛮族ども(ヴァイキング)がこちらの動向を知っていたってことはな。この島のどこかに、情報網(ルート)があるってことだ。そいつを、利用する」
 トーゴーの腕が、テツローの肩に回った。
「ヤツらはそのうち干上がる。頃合いを見計らって、わざと情報を流すんだ。俺たちが潜るっていう、な」
「食いついてくるかい? 罠だって見破られるんじゃあ」
「見破ってもらっていい。わかっていても、食いつかざるを得ないはずだ」
「その理由は?」
「海底の石油を手に入れるには、方法は二つ。自ら潜るか、誰かが潜って拾い上げてきたのを奪うか、だ。もし俺たちが採りに潜るのを諦めたと知れば。ヤツらは自前で組み上げる必要がある。高深度に達することが可能な着繰身(シェラフ)を、な」
「だけど、あいつらがその資材を手に入れるのは難しい」
「そういうことだ。となれば、ヤツらが採れる手は一つだな」
「……欲しいのは、俺たちの持ってるくろしお、ってことか」
 ご名答(グッド)、と返事があった。
「決着をつけたいのは、こちらだけじゃないってことさ。そして、俺たちが巌流島(ホーム)に選びたいのは」
 ここだ、とトーゴーは、火の点かない煙草で一点を指し示した。

 部屋を出ると、扉の向こうでナイが待っていた。
「ナイ」
 声をかけてから、様子が違うことに気付く。髪に、丁寧に櫛が入れられている。それから、着ているものも少し違った。
 纏っているのはいつもの民族衣装だ。だが、デザインが変わっている。普段来ているのは白一色だが、今ナイが身につけているものは、薄く桃色が溶かしてある。そして何より目を惹くのは。肩口から袖口までの生地が半透明(シースルー)になっていることだ。
 いくら経験の少ないテツローでも、これがどういうことかくらいは、さすがにわかる。
 テツローは目線を下げ、恥ずかしそうに身を縮こまらせているナイの手を取った。
「デートしようか、大切な人(マイレディ)。よければ今から」
 誰かさんの真似をして、片目を瞑ってみせる。上手くいったかどうか。それはテツローにはわからないことだった。

   
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