こんごうの操縦室(デッキ)は倦怠感に包まれていた。
敗北感、と表現する方が適切かもしれない。完敗とはいわないまでも、到底五分とはいえない状況だ。
防戦という立場上、対応は後手に回った。先手を打たれた時点で、勝ち目はなかったともいえる。が、海賊たちの戦力はテツローたちの予測を大きく上回るものだった。
特に、あの黒い着繰身(シェラフ)とその搭乗者(パイロット)。
箱舟(ノア)の輸送船は拿捕された。ストライクヘッドは沈没寸前に追い込まれ、こんごうも完全に足止めを喰った。その間に大王烏賊(クラーケン)は獲物をひっ捕まえ、自らの縄張りへ引き擦り込んでしまったのだ。
こんごうたち潜行者集団(ダイバーチーム)に死者が出なかったのは、運がよかったといってもいいだろうか。
中央のテーブルにトーゴーとテツローが突っ伏している。ドーリンは先生(ドク)の治療を受け、包帯を頭や腕に巻いた姿で、長椅子に寝そべっている。その先生(ドク)は救急箱を抱えたまま天井を見上げ、奥の壁には龍(ロン)が背を持たれかけさせている。
入り口扉付近で、マニ、アワ、ナイの三姉妹が、どうしたものか、どう声をかけたものかと思案して、時々小声で相談しあっている。トーゴーの吐き出す煙草(シガー)の煙だけが、その空気の中を漂っている。
最初に口を開いたのは珍しく先生(ドク)だった。
「テツロー。キミのお国の言葉にいい表現があったね」
天井を見上げた姿勢のままでそんなことを言う。テツローも先生(ドク)のほうを見もせず言葉を返した。
「……骨折り損の、くたびれ儲け」
「面白い言葉ネ。覚えておくヨ」
覚えなくていい。そう思ったが口に出さなかった。
とはいえ、多少の収穫はあった。海賊たちに対する情報がもたらされたのだ。
情報は、身近なところから手に入った。龍(ロン)が、『彼女』らの旗印(シンボル)を見知っていたのだ。
五年ほど前。大陸の北岸にある群島沖を荒らし回っている海賊がいた。北方系の女を頭領とする犯罪者集団。その海賊旗(ジョリー・ロジャー)が、まさに双頭の海豹だったそうだ。
狙撃手(スナイパー)の目を信用するならば、船に付けられていた意匠(マーキング)はまさに同じものだったそうだ。
弾き出される推論が真実ならば、テツローは一つ修正をしなければならない。彼女らは、世界が変わる前から、筋金入りの悪党(アウトロー)だったということだ。
トーゴーが煙草を持った方の手を上げてゆっくり振る。全員気怠そうに顔だけをそちらに向けた。
「……今から、ちょいと話をする。できたらしたくねぇ話だし、紳士淑女の皆様方も聞きたくねぇだろうが。世の中には数少ない大事なコトの部類には入るだろうから、まあ、話しておかなくちゃいけねえだろう」
そこで言葉を切り、一服する。
「海賊サマたちはシュワルツェンの船を持っていた。着繰身(シェラフ)もだ。ヤツらはあの民族主義者を襲って物資を奪った。こいつはわかるな?」
立っている三姉妹が小さく頷く。
「鬱陶しいことだし、鉤十字(ハーケンクロイツ)どもには気の毒なことで同情もしてやるし、次に標的になるのが俺たちかもしれねえと思えば厄介に思うが、まあでも当面は、それだけで済む問題だ。だがヤツらは。シュワルツェンは、もう一つ大切なモノを持っていやがった」
「情報だね」
テツローも、その危険性には気付いていた。
「ご名答。俺たちが持っている石油プラントの情報。こいつも、雌豹どもに奪われた可能性がある」
トーゴーがはじめから懸念していたのは、おそらくこのことだろう。
「双頭の海豹(ダブルシール)はこの情報を知っている、と予測する。プラントの位置はおよそ深度五百メートル。海豹(シール)どもにそこまで潜ることができる装備はない。それが今回の、箱舟(ノア)の輸送船襲撃という暴挙に繋がる、と、俺は考える」
筋道は通っている、とテツローは感じた。
「とはいえ、細かい装備はともかく、五百メートル潜れる着繰身(シェラフ)を組み上げるのは至難の業だ。短期間で準備できることじゃない。だけどな、ヤツらの場合は、もう一つ採れる手段がある。そいつは何だと思う?」
「引き上げられた物資を奪う」
答えは長椅子から飛んできた。トーゴーが皮肉な笑みを浮かべる。
「そういうことだ。で、その際に物資を強奪される哀れな被害者は、いったいどなたということになるかな?」
「……俺たちかよ」
トーゴーが。ドーリンが。龍(ロン)が。今回必ず叩いておきたかった理由は、これだった。
だが、それも今となってはどうしようもない。
トーゴーが椅子の背にもたれ掛かる。盛大に煙を吹き上げる。
「……つまり、だ。俺たちが石油(ブラック・ダイヤモンド)を頂戴しに参るには……まずあの海豹(シール)どもを何とかしなけりゃいけないってこった……」
倦怠感の上に、重い疲労感を乗せられて。テツローは空気と一緒に、海の底まで沈み込んでいくような心持ちだった。そんなテツローを、ナイの瞳が心配そうに見つめていたが、気にするだけの余裕もなかった。
トーゴーの吐き出す煙だけが、天井の辺りを舞っている。俺には関係ないとばかりに。
(C)Chabayashi Shouichi 2009.