名も無き兵士の詩


 次第に遠ざかっていく爆撃音を、僕は地面に横たわって聞いていた。
 巻き上がっていた土煙もだいぶ薄れてきたが、周囲に動くものの気配は、無い。
 辺りには、油と火薬、そして肉の焦げる嫌な臭いが立ち込めていた。
 「全滅、か・・・」
 もうすぐ、日も暮れる。
 荒涼たる景色を見つめながら、僕は、故郷の美しい夕焼けを思い出していた ―。

 小さな白い花が咲く草原。黄昏になると、一面金色の絨毯のように見える。
 僕の、大好きだった場所。大切な時間。
 戦うことでしか、守ることは出来ない。そう思った。
 そして、僕は戦場へと赴いた。
 泣きすがる母と、黙って手を振る父に、背を向けて。

 しかし、そんな僕の信念は、現実の戦場を前にして、脆くも崩れ去った。
 ― 敵意に満ちた目で銃口を向ける、異国の兵士と初めて対峙したとき。
 悪魔が、僕の心に呟いた。
 「殺せ。さもなくば、死ぬのはオマエだ。」と。
 気付いたとき、敵兵は倒れていた。その見開いた目から、敵意は急速に失せていった。
 僕はガタガタと震えながら、銃の引き金から指を離すことが出来なかった。
 悪魔は、僕に考える間も与えず、続けざまにこう言った。
 「次を探せ。殺される前に殺せ。そうすれば、オマエは死なずにすむ。」と。
 恐怖は、やがて理性を麻痺させる。望郷の想いも。家族への愛でさえも。
 僕は、撃った。目の前に立ちふさがるものすべてを。躊躇うことなく。
 死の恐怖から逃れる、それだけのために。
 そんな狂った地獄に、終焉は突然訪れた ―

 目の前で、弾ける閃光。
 血を吐き仰け反る僕の目に、銃口を構えた敵兵の、恐怖に彩られた瞳が映った。

 ― 爆音も、硝煙の臭いも、分からなくなってきた。痛みすら、もう感じない。
 かすんでいく視界。溢れる涙越しに最期に見たものは、儚げに咲く、風に揺れる小さな白い花。
 引金から指を離し、渾身の力を込めて、そっと手を伸ばす。
 その花の向こうに、懐かしい故郷の光景が浮かんで見えた。
 ― 日が暮れるまで、弟と走り回った金色の草原。家の煙突から立ち上る煙が、夕飯の支度の合図だった。
 家に帰れば、まだ幼い妹が、慣れないフォークとスプーンを、小さな手で握り締めながら待っている。
 はやく手を洗ってきなさいと母が言い、先に済ませた父が、黙ってタオルを渡してくれる。
 温かい食卓。愛すべき家族。我が故郷よ。

 「ただいま・・・」

 すべての音は消え、目の前が真っ赤に染まる。
 嗚呼、僕はやっと、大好きな故郷の夕日へと帰ってきたのだ ―。

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