イヤシックパーク


「ここが癒しの森、イヤシックパークでございます」
 立ち止まった案内人は、営業スマイルを浮かべてそう告げた。
 辺り一面を鬱蒼と樹木が覆っている。俺を含む観光客たちはもの珍しそうに一面の緑を見回した。
「これらの木はチチマクラと申しまして、この森にだけ育つ珍しい種でございます。チチマクラの樹皮成分には気分をリラックスさせる作用がありまして、またこれが大気中に放散されると蜃気楼をつくりだし、皆様の心を癒す幻影を中空に映し出すのでございます」
 案内人の説明を、俺たちはわかったようなそぶりで聞いていた。だが、実際には何を言っているのか理解している人間は、半分もいないだろう。それに俺たちは、原理が知りたくてこんな山奥まで来たんじゃない。心の癒しを求めて、はるばるやって来たのだ。
 案内人も、その辺りは心得ているらしい。説明を最低限で切り上げると、早速本題に取りかかった。
「それでは皆さん、大きく深呼吸して。そして最も癒されると思うものを、頭に思い描いてください」
 他の参加者たちが息を大きく吸い込む。俺も案内人の言うとおりに、目を瞑って大きく息を吸い込んだ。頭のもやもやが晴れ渡っていくような気分になる。
 おもむろに目を開いた。
 真っ先に飛び込んできたのは、二匹の子犬がじゃれあう映像だった。派手派手しい服装をした年輩の女性が、それを見ながらうっとりしている。女性の格好はともかく、映し出された映像は確かに癒される映像だった。
 ふと、刺激的な香りが鼻に匂った。どうやらハーブの香りらしい。映像だけでなく、香りまで感じさせる効果がチチマクラにはあるようだった。若い女性が二三人で、その香りを思い切り吸い込んでいた。
 森の奥の方にも映像が浮かんでいた。俺も知っている巨乳アイドルが、全裸で様々なポーズを取っている。中年の男がそれを見上げて涎を垂らしていた。確かに男にとってエロが癒しとほぼ同義語であることは否めない。さらに奥には明らかに小中学生と思われる少女の裸体が浮かんでいたが、見なかったことにした。
 すぐ隣にも女性の映像が浮かんでいた。但しそれは二次元の、いわゆるアニメのキャラクターだった。ナース服、エプロンドレス、ブルマー体操着、スクール水着。様々な衣装を身につけたキャラクターが空間に踊っていた。それを危ない視線で見つめているのは、小太りの若者だった。
 振り返った目に飛び込んできた光景を見た俺は驚いた。男が、チェーンソーを振り回して観光客たちを惨殺していたのだ。
 俺は飛び退いてから、それが映像だと気がついた。目の焦点の合わない男が、俺を見て口の端を吊り上げた。
「へへへ……。わたしはね、人を殺しまくってみたいと、常々思っていたんですよ。ですけどね。もちろん実行には移せないわけでね。そんなときは自分の頭の中で妄想してですね。それがわたしのストレス解消法というわけで。うえへへへへへ……」
 この男の妄想は、近いうちに妄想じゃなくなる。俺はそう確信した。
 俺は男のそばを離れて最初の場所に戻った。映像は変わっていた。いや、内容は同じだったが、二匹の犬が牙を剥いて、ペット持ち込みを断ったスーパーの店員を八つ裂きにしていた。
 流れてくる香りからは、淫靡な匂いがしていた。三人娘が互いの身体を擦りあわせ、身をくねらせていた。
 遠く森の奥側で、中年男性と小太り男がズボンのベルトを外しているのが見えた。
 俺は営業スマイルを湛えたままの案内人に駆け寄った。
「おい。いったい何なんだこれは」
 案内人は笑みを崩さず、平然と答えた。
「皆様心の癒しを存分に堪能されているのですわ。いつものことでございますから、わたくしは気にいたしません。あなた様も遠慮なく心をお癒しになってくださいな」
「いつものことだって? こ、このツアーはこんな恐ろしいツアーだったのか! これのどこが癒しだ! 何がイヤシックパークだ!」
 案内人は営業用でない、冷たい微笑みを浮かべた。
「あら。癒しなんて、所詮は独善的なものではございませんこと?」
 案内人が跨った恐竜が俺たちを食い漁る映像が、森いっぱいに広がった。

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