後悔の道


 後悔というのはするときにはもうすでに手遅れなんだけど、それでもやっぱり、なぜあのときに彼女をきちんと駅まで送らなかったんだろうと思う。
 付き合いはじめてからちょうど一年くらいになる僕たちは、その日も行きつけのバーでグラスを傾けていた。
 僕のワイルドターキーと彼女のブラッディマリーを軽くぶつけて乾杯する。そしていつものように近況報告、たわいのないお喋り。そして時折混じる、甘い囁き。
 素敵な時間が過ぎ去るのは早い。気がついたときには二時間ほどが経過していた。
 ちょっぴりふらつく彼女を支えながら、バーを出た。本当は、それほど酔っていないのは知っている。それが何のサインかもわかっている。だが僕は、自分で言うのも何だが多忙な人間だった。今日彼女とこうして会う時間も、上手くスケジュールを組んで何とか確保したのだ。
 そのことは彼女もよくわかっているはずだった。彼女はわかっていて、僕に甘えているのだ。僕が仕事と彼女とどっちを取るか、試しているのだ。
 僕はやんわりと彼女を拒絶した。そのつもりだった。だがそれは、どうやら彼女の自尊心を傷つけてしまったようだった。
「駅まで送るよ」
 そう申し出た僕を「いらない」の一言で振り切って、彼女は一人夜道を歩き出した。走って追いかけたら、振り返って睨まれた。
 最近この辺りで、通り魔事件が多発していた。もともとあまり治安のいい場所ではないのだけれど、発生現場がこの地域とその周辺に集中していることから犯人は同一犯、しかもこの辺りをねぐらにしていると予想されていた。
 そんな状況がある中で、彼女を一人で駅まで歩かせるのは危険だと感じた。
「夜道の一人歩きは危ないよ。だから……」
「そう思うんなら、朝まで私と一緒にいてよ!」
 僕を見上げた彼女の瞳は、涙に濡れていた。その眼を見て、僕はもう、彼女に何も言えなくなってしまった。
 小走りに遠ざかっていく彼女の背中を、僕は追うことができなかった。

 今思えば、なぜあのとき彼女を追わなかったんだろうと思う。あのとき、何としてでも彼女と一緒に行くべきだった。そうすればきっと、こんなことにはならなかったんだ。
 人生には様々な道が用意されているのだという。そしてその中から、絶えず一本の道を選択することで、人生の道筋は確定されていくのだという。
 あのとき、僕は駅へ向かう道より、彼女から遠ざかる道を選択した。そして、その結果が、これなのだ。だとすれば、人生の選択とは何と残酷なんだろう。
 腹部から絶え間なく流れ出る赤い液体を眺めながら、僕は思った。
 通り魔に襲われたのは、僕の方だった。

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