ナタリーをどこに捨てればいいだろうか、と団長は考え続けていた。
ナタリーはサーカス団で飼っていた雌象だ。インドの飼育業者より買い受けてから、かれこれ五年の付き合いになる。
この五年、サーカス団の経営は順調だった。飛び抜けた利益こそ出ないものの、地方を巡り、一団を維持していくことに限っては不安はなかった。
スターでもあり、一団の中心でもあった由紀恵が交通事故に巻き込まれて亡くなるまでは。
小さなサーカス団にとって、新たなメンバーを見つけることは難しい。スター級のメンバーとなれば、尚更だ。
意気消沈した団員たちの息も噛み合わない。興行収入は、瞬く間に下落し始めた。
三日前。団長はついにサーカス団を畳むことを決めた。団員たちの誰からも、反対の声は出なかった。
由紀恵があってのサーカス団だったのだなあ。団長は、今更ながらにそう思った。
ともかく、後始末をしなければならない。テントは業者に払い下げ、団員たちは新たな働き口を見つければいいが、ナタリーだけはそう簡単にはいかない。インドへ帰してやるのが一番なのだが、団長個人にそれだけのお金はない。同業者に引き取ってもらおうとも考えたが、老境の域に入りつつあるナタリーを引き取ってくれるところは、どこにもなかった。
結局よい考えも見つからず、団長はテント跡の残骸に腰掛けて、ナタリーのざらざらした肌を撫でていた。
まさかこんなことになるなんてなあ。大きな耳を撫でつつナタリーに話しかける。もちろん彼女は言葉を返さない。ただその長い鼻を団長に擦り付けてくるだけだ。
なあ、お前はどうしたいんだい。
「もう一度だけやりませんか、団長」
背中からの声に振り返ると、団員たちが立っていた。
ナタリーのために、何より俺たちのために。もう一度だけ、やりませんか。小屋なんてなくてもいい。野原でだって、サーカスはできるでしょう。
団員たちが口々に言う。戻ってきたんですよ。やっぱり名残惜しくて。
確かに、このまま別れてしまうのは興がなさすぎるな。団長の口から、そんな言葉がついて出た。
ナタリーの鼻が団長の腕に巻き付いた。そういえば、お前を一番可愛がっていたのは由紀恵だったな。そんなことを思った。
団長は立ち上がった。もう一度やろう。由紀恵のためにも。そして、ナタリーのためにも。
最終公演は、インドだ。灰色の雲が流れていく空を、団長は力強く見上げた。