インド音楽の魅力

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更新日 2009-02-02 | 作成日 2008-06-22

北インド古典音楽について

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ラーガ=彩り

 北インド古典音楽は、太陽や月の動き、季節の移り変わりなどのなかに、神々への讃歌や感情の彩りを映しながら演奏されます。ひとつひとつの彩りをラーガと呼び、その数は3000に及ぶともいわれています。
「神々しく力強い、夕方のラーガ」や「生命を育む喜びの雨」など、それぞれのラーガには歌われるべき雰囲気と厳密な音のルールが定められています。
演奏者はそのルールと定められた形式にのっとって、即興演奏を行います。
 演奏が始まると、まず主奏者は静かにそのラーガの特徴となる音を現していきます。ラーガの立ち現れる瞬間です。この無伴奏の部分はアーラープと呼ばれ、ラーガの美しさが集約されている部分でもあります。

インド音楽のなりたち

北インド古典音楽は、神々への讃歌である古代インドのヴェーダの詠唱が起源といわれています。中世になってイスラム勢力が侵攻してくると、インド古典音楽はイスラム文化の影響を受けながら、宮廷音楽として大きく花開きました。

インド音楽の目指す境地

 16世紀、ムガール帝国の時代に、アクバル帝に使えた一人の音楽家がいました。インド古典音楽史上最高の声楽家、ターンセーンです。音楽好きのアクバル帝は、彼を宝物のように大切にしていました。
 ある日、アクバル帝はターンセーンより優れた音楽家がいることを知らされました。それは森に住む聖人で、ターンセーンの先生だといいます。アクバル帝は彼の歌をぜひ聞いてみたい、といい出しましたが「たとえ王であっても、彼は誰かに請われて歌うことはないでしょう」とターンセーンはたしなめます。
 ますますその歌を聞いてみたくなったアクバル帝は、ターンセーンに頼み込み、家来に変装して森に出かけていくことにしました。
 森に近づくと聖人は瞑想を終えて、歌をうたっていました。その声は森を震わせ、アクバル帝の心を深く揺さぶりました。帰り道、アクバル帝はターンセーンにたずねます。
「お前より優れた音楽家がこの世にいるとは思っても見なかった。なぜお前はあのように歌えないのか。」
するとターンセーンは答えていいました。
「アクバル帝。私は貴方のために音楽を奏でています。けれども彼は、神様のためだけにうたっているからです。」

正確な音に神が宿る

「演奏者は正しい音を呼び出すだけでいい。あとは音が勝手にやってくれる」と、ある著名な演奏家は言いました。一音、一音、神様の座る椅子を整えさえすれば、そこに音が降りてくると。そのため、インド音楽では演奏前にかなりの時間をチューニングにあてます。それは演奏中でも同じこと。不正確な音のもとには、神様は降りてこないからなのです。

 大きな円を描くように無伴奏で始まった旋律は、次第に中心に向かってスピードをあげ始めます。伴奏のタブラが加わるとさらにそのスピードは増し、繰り返されるフレーズと、技巧をこらした掛け合いの中に、スリリングな興奮が押し寄せはじめます。どんどんスピードが上げられ、やがて演奏が頂点に達した瞬間、聴衆は突如、天空にときはなたれます。
 この間、30分から1時間。西洋音楽が何十人も費やしてつくり出してきたダイナミックなクライマックスと、複雑な音の変化を、インド音楽の奏者はたった2~3人でつくり出してしまいます。

 倍音を多く含む、正確で複雑な調和音は、人を眠りに誘いこむことがあります。マハラジャ達の心を癒し、マハラニ(王妃)達の眠りを包んできた音楽だから、当然といえば当然かもしれません。
 しかし心を集中させてそこに立ち現れる音に耳を澄ますと、旋律とリズムが、その可能性の限界まで磨き上げられ、究極の美を表現しようとしていることに気付かされます。
 即興性の高いインド音楽の楽しみはライブ会場にこそあります。今宵はたしてどんな情景が呼び起こされるのでしょうか。ゆっくりとくつろいでお楽しみください。