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重複する差別について
2003年度 PTA部会研修会より
2004年1月25日 講師 池住義憲氏

池住 1990年でしたか、オーストラリアの大学の人権教育をやっているラルフ・ぺッツマンという方が日本に来て、大阪で人権問題の講演会をしました。そのときラルフ・ぺッツマンが最初にこう言いました。「ひとりの人がほかの人に対して15分以上一方的に語り続けることは、聞いている人に対する重大な人権侵害だ」。

 これは半分冗談だとは思うんですが、でもなかなか当を得ているなあと思いました。つまり、10分、15分ぐらいまでは聴くのに集中できるけど、それ以降になると内容、話し方、その人との関係にもよりますが、だんだん集中力が弱くなってくるんですね。

 ですから、「15分以上話し続けることは人権侵害だ」ということは、なるほどなと思っています。また内容によっては、30分、1時間の講義とか授業を持つわけなのですから、そういうものを否定するものではありませんけれど、一般的にそういうようなことが言えるかなと思います。

 それで今日は、「重複する差別」というふうにレジメに書いてありますが、知識をとかいうよりも、普段と少し違う雰囲気ですすめたいと思います。お互い横にいる方、前にいる方、後ろに座っている方、みなさんは大体ご存知なんですよね。例えば、横の方と後ろの方は?

○ 知らないですかね

池住 ああ、そうですか。いつも、みなさんは部会で集まっているんですか。

司会 はい、本日集まられた方は、ひとつの小さな団体の集まりなんですけど……

池住 いろいろなところから……

司会 はい、小学校、中学校。

池住 篠山市全体ですね。

司会 はい、学校のPTAの関係でやっています。

池住 ああ、そうですか。ちょっと伺いたいのですが、小学校PTAの役員の方、その場で結構ですから、どのくらいおられるか… ああ、けっこう多いですね。中学校のPTAの方は…なるほど。高校のPTA役員の方は…ちょっと少なくなりますね。幼稚園、保育園のPTA、もしくは保護者会の方? ああ、そうですか。少ないけど、おられますね。教員の方おられますか? 保護者であり、PTA役員であり、教員という方はないですか? 教員の方いらっしゃいますか? ああ、そうですか。はい、わかりました。

 いろいろな所から来られていますし、3時まで1時間半弱ですが、貴重な時間ですので、少し横にいる方、近くにいる方とも交わりの場を持ちながら、しかしその中で何かピリッとというような、これは参加型研修というのですが、そんなことをやっていきます。

 私はアジア、アフリカ、ラテンアメリカの農村、漁村、山村、都市スラム、簡単に言えば経済的に困難な状況に押しやられた地域の人たち、そういう人たちが自分たちで自分たちの暮らしと命と健康、地域、コミュニティを作っていく。それを意味のあるかたちで可能ならしめる役割を担う人、これを指導者と仮に呼びましょう。
 
 そういう指導者がいろいろな地域から集まって来て、それぞれが持っている豊かな経験を分かちあい、共有しあいながら、お互いに学びあい、強め合う。これを参加型研修というのですが、誰か先生が教えるというのではなくて、来た人たちがみんな先生です。みな豊かなものを持っている。持っているものを共有しあいながら、いっしょに学びあう。そういう相互学びあいの場を設定して、進行していく。これを「ファシリテーター」とカタカナで呼んでいますが、まあ司会進行役でも何でもいいです。

 そういう参加型研修を17年間ぐらいやっています。フィリピンにも2年住んでいたのですが、そういうものをやって日本に帰ってきて、「こんなことをやるんですよ。フィリピンでこんなふうにやってるんですよ」と言ったら、「池住さん、そういうやり方、考え方こそ、日本の学校教育や社会教育、家庭教育の中で、地域の中の教育で、必要なんですよ。何か日本の社会で合うようなかたちでやってくれませんか。考えてくれませんか?」と言われました。

 1985年の2月、京都の関西セミナーハウスという所で、高校の先生方が30人ぐらい一泊二日で集まる機会があったんですね。「じゃあ、日本の遊びを使って、それをきっかけにして楽しく信頼関係、お互いに知り合う関係を持ちながら、しかしその中でちょっとしたゲーム的な要素を含めながら、スタートをしてその中から学びあっていくというようなものを」というので、一晩考えて、翌日の午前中にやりました。

 ジャンケンゲームというのですが、これを知っている方、やったことのある方、ちょっと手を挙げてみてくれますか? ああ、経験ありますね。どこでやりました? 前にごいっしょでしたっけ?

○ はい。

池住 ああ、なるほどね。どちらで? 篠山ですかね?

○ はい。

池住 ああ、そうですか。私以外のところで、ジャンケンゲームを経験した、やってみたという方、いらっしゃいますか? ここ二人だけですか? なるほど。

池住 私はもう何百回とやっていると思いますね。全国各地で年間100日以上、いろいろなところを回っていますから、いろいろなところで2回3回したかもしれませんけれど、でももう前やったの忘れてますよね?

  そんなことないですか? 忘れてなくても、2回やっても3回やっても、それなりの意義があると思いますから、今日はそれからスタートしてやってみましょう。

 参加型といったとき、断っておかないといけないんですが、いまのように「ジャンケンゲームやってみましょう」というので、私が「これにしましょう」と言います。その中でね、「えー、何、ゲーム? ジャンケン? 今日はね、『重複する差別』の話を聞きに来たのに、一体何よ」というような、それに近いような思いを持つ方とか、「ゲーム? ゲームをしながら人権を学ぶ。不謹慎だ」という気持ちにちょっと近いような思いを持っている方とかおられるかもしれませんね。それが自然だと思っていますから。

 それから、「ゲーム? ちょっと待ってよ。そんなやる気分じゃないんだよ。いまね、身内、親戚、また友人で病にふせっている人がいて、ちょっと連絡があるかもしれないから」という方がおられるかもしれない。「今朝ちょっとバカなことでケンカをしてきて、ムシャクシャしてる」という方もいるかもしれない。ゲームなんかやるような雰囲気でないという方が、もしおられたら、遠慮なく、無理しないで、見ていてください。見ることによる参加も重要な参加です。

 私が、「やりましょう!」と声をかけますけれども、最初ちょっとやってみて、「これはいまの自分の雰囲気にあわないな」と思ったら、隣の人に「ちょっと私、見てますから」と言って、見ることによる参加をしてください。参加型学習という名前のもとで、ゲームを強制することほど、抑圧的なことはありませんから。だからといって全員がそうなったら困るんですが・・・。まあ、一応ちょっとやってみて、それで、「これは?」という感じであれば、やってみてくださいね。必ず何らかの意味があると思いますよ。

 わたしは、どんなことをやっても意味がある。すべてのことに意味がある。成功、失敗はない。成功か失敗かなどとジャッジしない。やったことすべてに意味がある。失敗から学ぶという言い方がありますよね。私は同じ意味で、成功からも学べると思っています。または、成功か失敗かどちらかわからないけれど、わからない混沌とした経験であればあるほど学びが大きい。つまり何からでも学べると思っていますので、ちょっとやってみましょうかね。

 どうしようかな? 例えば、そこの1列の方が後ろに向きますね。すると後ろの6人がいっしょになりますね。ここ、振り向くと4人になりますね。3人とか、2人だとちょっと寂しいかな? 4人か、5人か、6人。グルッと向き合って座っていただけますか? 3、4分取りますから、グループの中で自己紹介しあいましょうかね。ちょっと準備しますから。どうぞ、紹介しあってください。

(ワークショップ:それぞれのグループで自己紹介)

池住 はい、ありがとうございます。じゃあ、自己紹介終わりましたね。このまま、3時ぐらいまで行きそうな雰囲気ありましたけどね。それではね、グループでジャンケンするんですよ。ここ4人ですね。ここ6人ですね。最初ね、グループでジャンケンします。ジャンケンポイとね。6人でやりますね。勝ったら、勝った回数を指で数えていくんです。

 例えば、6人でジャンケンしましたら、1人だけ勝つ場合もあるし、2人勝つ場合、3人、4人。また5人勝って、1人だけ負ける場合もありますよね。とにかく勝った人は勝った回数を1回と指で数えていくわけですね。また、同点決勝はやらなくていいんですよ。また、ジャンケンポイとやって、バラバラな場合、アイコデショイ、アイコデショイ。とにかく、勝った人が勝った回数を数えていく。また、ジャンケンポイ。そして、2回、3回、4回、5回。5回早く勝ったなら、「勝った!」と大きな声で言ってください。

 複数でやっていますから、同時に2人、場合によっては3人が、「勝った!」と言う場合もありえます。とにかく、5回勝ったら大きな声で、「勝った!」と言ってください。そうしたら、勝てなかった3人は悔しそうな顔をして拍手する。ここがポイントですね。なぜ早く5回勝った人に「勝った!」と言ってほしいかというと、一番早く5回勝った人には、ご褒美をさしあげたいのです。名古屋から来たんですよ。名古屋ですよ。名古屋から、ご褒美を持って来ていますが、おひとりにしかさしあげられないので、一番早く5回勝った方に。

 それで、4人のところは、ちょっとハンディをつけましょう。4人のところは、早く決まる可能性があるので、もしこの中から出たら、1番目をマークしておいて、2番目を6人のところから探します。そして、こことここで決勝戦をします。そうすると大体均等になるんじゃないかなと思います。質問あります? 簡単ですね。だから、時間が勝負ですね。あのね、最初はグウ、アッ ジャンケンポイ。こんなことやってちゃ、ダメですよ。ジャンケンホイ、ホイ、ホイっていう感じでね。やってください。そして、3回、4回、5回。勝った人は、「勝った!」、勝てなかった人は悔しそうに拍手。いいですか? はい、じゃあ、スタンバイしてください。じゃあ、行きますよ。はい、始めてください。

(ジャンケン)

池住 はい。5回勝った人は、ちょっと全員手を挙げてください。複数、2人というのが結構ありますね。3グループぐらいありましたね。はい、ありがとうございます。一番早く5回勝ったところは、なんと4人のところではありませんでした。中間の5人のところでした。ここですね。しかも、なんと2人だったっけ?ちょっと手を挙げてください。2人にはさしあげられないのでね。 2人で同点決勝、1回勝負。1回勝負ですね。はい、いいですか、よく考えてくださいね。 準備してください、行きますよ。いいですか? ジャンケンポイ。ああー。アイコデショイ。おー。お名前とそれから小学校、中学校、幼稚園・・・。

ミヤザキ 今田幼稚園から来ましたミヤザキマサミです。

池住 幼稚園。ミヤザキマサミさんです。ミヤザキさん、ちょっとこちらへ来てください。いやあ、すごいですね。ジャンケン強いですか?

ミヤザキ 弱い。

池住 弱いんですか? あのね、今日のご褒美は特別なんです。名古屋からなんですけども、私の頬擦りなんです。いやぁ、失礼しました。でもなんだか、帰る時の後姿が寂しかったですよ。いまのは。ミヤザキさん、なんか期待しました? 名古屋から、なんて言うと。ミヤザキさん、何期待しました? 名古屋からなんて言うと。

○ ういろう・・・

池住 ああ、「ういろう」ね。ういろうとかね、名古屋コーチンとかね。それから、山本屋の味噌煮込みうどんとか、冷凍のやつとかあるんですよね。ええ、どうも失礼しました。

もう一種類、ジャンケンがあるんです。また、グループでジャンケンするんですけど、今度はここ6人ですね。はい、同じようにグループでジャンケンしてください。ジャンケンポイ。それでね、パーならパー、グーならグー、チョキならチョキ、グループの人みんなが同じものが出揃うまで、ゆっくりでいいですから、考えながら、読み取りながら、あっ、しゃべっちゃダメですよ。次はグーだぞ、グーだぞって。表情を読み取りながらね。例えばね、グーならグー、パーならパー、チョキならチョキで揃ったとしますね。揃ったら、「あー、やったあ!」と拍手をして、手を交差して「やったねー」と言って、握手をします。そして、2回目をチャレンジしてください。もう一度言います。グループジャンケンですね。そして、グーならグー、チョキならチョキ、パーならパー、同じものが出揃うまでジャンケンをする。揃ったら、拍手をして、手を交差して、遠かったら無理しないでいいでしょう、届かないからね。近い方は手を交差して、「やったねー」と言って、2回できたら、3回目チャレンジ。時間制限はありませんから、グループごとでゆっくり考えながら、やってみてください。いいですか? はい、どうぞ。

(ジャンケン)

池住 はい、ありがとうございます。どうですか、これ? グループアイコジャンケンというやつですよ。幼稚園なんかでも、できるでしょ? 小学校でクラスなんかで、または今日帰って家庭で子どもたちと、4人ぐらいね、おじいちゃん、おばあちゃんも含めてね、5、6人でやってみるとかね。ずいぶん揃ってましたね。そこ、パーばっかりでした? 何回揃いました?

○ 8回。

池住 8回。すごいですね。ああ、別にね、数多く揃ったらいいってことじゃありませんからね。 ちょっと振り返ってみましょう。1回目のジャンケン、覚えていますね。最初にやったジャンケン。ジャンケンポイ。勝った人が勝った回数を数えていく。5回勝ったら、「勝った!」。2回目は、誰かが勝っててもダメ、負けててもダメ、バラバラでもダメ。同じものが出揃うまでジャンケンをして、出揃ったら拍手をして、握手をするという感じでしたね。

 ちょっと質問します。1回目のジャンケンと2回目のジャンケンと、どっちがよかったですか? どっちが自分としては、和んだ、馴染んだ、ピッタリ来た。 1回目か2回目か? それは、なぜか? ちょっと2、3分取りますから、それについてグループで感想、印象を短く語り合ってみましょうかね。どちらがよかったですかね? 1回目ですか、2回目ですか? どう思いました? 感じたこと、何でもどうぞ。

(ワークショップ)

池住 はい、ありがとうございます。どちらですかね。ちょっとうかがっていいですか? 1回目のほうが自分としては、和んだ、馴染んだ、よかったか、2回目のほうがよかったか、聞きますから、その場で結構ですから、ちょっと手を挙げてどのくらいか見させてください。1回目のほうがよかったかなという方、ちょっと手を挙げてください。ムチャクチャ少ないですね。ほう。2回目のほうがよかったという方? ああ、そうですか。別に1回目のほうが、肩身が狭いとか、そういう…。

 これね、この前、四日市高校の高校生とやったんですよ。どっちだったと思います? いまの逆。アイコが出るのね、「あれ、ダサイ」とか、「イヤダ」とか、「かっこ悪い。こんなんイヤダ」とか言ってね。それで圧倒的に「勝つほうが、カッカするから」と言ってました。中学生ですけれど、やり方、内容、雰囲気によってはね、2回目。だから、そのときの状況とか、雰囲気とか、経験とかによって違いますね。これは1回目好きな人はこういう性格で、2回目好きな人はこういう性格、ということはありませんから。そんなことはありません。それぞれに意味があるということです。

 私なんかは最初やったとき、圧倒的に1回目でした。やはり、テンポ、目標があるし、勝った時の喜びと達成感と。負けた時、確かに悔しいけれども、まあパチンコ負けても、「楽しんだからよかった」という人がいるかもしれないけど、「負けても結構楽しい。」とか「カッカした」とか燃えたもんね。あの雰囲気、ムードがいいという方もおられただろうし、何よりもあの目標、達成しようとするかかわりとか、励みとかね、いろいろな意味があったと思いますね。逆に2回目は、勝ち負けにこだわらなくていいとか、相手との一体感があるとか、揃った時の喜び、全員の喜びとかね、いろいろなものがあったと思います。

 ちょっといまの2種類のジャンケンで、このあと2つ3つ質問をしますね。1回目のジャンケンの時の同じグループのほかのメンバーに対する気持ち、姿勢と2回目のジャンケンの時の同じグループのほかのメンバーに対する姿勢をちょっと振り返ってみてください。これ、違いますよね。もっと具体的に言えば、目線。1回目のジャンケンの時のグループのメンバーに対する目線。目はどこを向いてました? 

○ 特にはないですね。

池住 ないですよね。私もそのへんを見ていましたよ。ジャンケンポイ、ポイ、ポイ。ここですよね。みなさん、そうですよね。2回目の時は、目線? 自分の顔の表情はどんなだったですか? 短い時間ですよね。

 私ね、グループを回ってちょっと見ていましたが、全然違いましたよ。1回目のジャンケンの時のグループメンバーに対する目線、姿勢、気持ちの置き所。2回目のジャンケンの時のグループメンバーに対する目線、気持ち、姿勢。違うと思うんですね。

 いい、悪いでは考える必要ありません。それを日常生活に置き換えてみたときに、家庭で、職場で、社会で、いろいろな人に出会えています。その時にどの場面で、誰と話している時に、どっちの要素の目線、気持ち、姿勢が多いですか? これも、「ああ、私ってダメねえ」とかね、ジャッジする必要はありません。私、本当にジャッジしないんですよ。ジャッジすると、「ああ、ダメなのねぇ」って力を自分で剥奪してしまう、そいでしまう。もったいない。これをディスエンパワメント。そうではなくて、「ああ、あのときはこうだったなあ。」で留める。そうすると、「あのときはこうだったな」という振り返りをするということは、よし、次はこうしようという力が必ずあるはずです。もし、そこでジャッジしてしまうと、「ああ、自分はダメだったんだなあ。しょうがない」とふてくされて開き直っちゃうか。だけど、「ああ、あのときはああいう姿勢だったんだなあ」と留めて、「よし、今度はこうしよう」という力になります。

 これをエンパワーメントと言いますね。エンパワーというのは、誰かが力を与えてくれるのではなくて、自分が持っている力を自分で解放する、解きほぐす、掘り起こす。すでに力、パワーは自分の中にあるんですね。それを押さえているのは、自分だと考える。だから、ジャッジをするという、点数をつけるということではなくて、これは教育にも同じことが当てはまると思うんですが。ジャッジするのでなくて、ちょっと振り返る。いまのゲームをやった時の自分を自分で振り返る。それを日常に置き換えて、何か見えてくるもの、感ずるものはありませんか? ないかもしれない。また、何か感じるかもしれない。何か感じれば、それは私は大きな力になると思います。理屈を越えて。

 また、ちょっと別の質問をさせてください。2回目のアイコジャンケンをやりましたね。この中で、こういう経験した人はいませんか? 自分だけ違うもの出してしまった。自分だけ違っていて、あとはみんな同じものを出している。1度でもそういう経験をした人は手を挙げてみてくれます。あっ、たくさんいるんですね。はい、なるほどね。どう思いました? 

○ 申しわけない。

池住 申しわけない。どう思いました?

○ あ〜、しまった

池住 あーあ。どう思いました?

○ 私だけ、申しわけないなと。

池住 どうでした?

○ 次は合わせようと。

池住 みんな同じなのに自分だけ違うものを出した時、どう思ったかと聞くとほとんどの人は、「申しわけない。ゴメン!」ですよね。何にも悪いことしてないのにね。何にも悪くないでしょ。でも、そういうなんかやはり、「ゴメン!」となるでしょ? 逆に多数者、1人だけ違うものを出して、自分も含めてあとは周りの人みんな同じものを出した、そういう経験を1度でもした人はちょっと手を挙げてください。または、2対3でもいいですよ。

 要するに多数者のほうに回ったことは? これは、ほとんどだと思いますよね。多数者。ええ、2回目のジャンケンのとき、多数者。はい。ありがとうございます。どう思いました?

○ 何も感じない。

池住 何も感じなかった? はあ。1人だけ違うのが出て、あと自分を含めてほかの人たちは同じで、自分だけ違うという経験をした人ちょっと手を挙げてください。……いないですね。1人だけ違うというのは、本当にたくさんいますので、ちょっと聞いてみましょう。どう思いました。1人だけ違うと。

○ 疎外感ですね。

池住 みんな同じなのに1人だけ違うという場合ですか? 

○ 惜しい。

池住 なるほど。どう思いました?

○ 次はがんばろう。

池住 次はがんばろう。ごめんなさい。多数者のほうになった場合ですよ。

○ 残念。

池住 残念。なるほど。

○ 惜しいなあ。

池住 惜しいなあ。なるほどね。やさしいですね。 こういう場合ないですか? 1人だけ違うの出したとしますよね。チョキ出したとしますよね。パー、パー、パー、パー、パーとしますよね。そうすると、こういう気持ちが起こりませんか? 全部パーなのに1人だけチョキ。「何やってんだよ。あなたが悪いのよ。あなたが問題なのよ。がんばんなさいよ。問題は、あなたの側なのよ」ということはありませんか? ねえ。今度みんなが、パー、パー、パー、パーで1人だけチョキになった場合ね。「ああ、ごめんなさい。私が悪いの」。

 この意味、これを日常に置き換えるとどうなります。内容、状況、関係によって、どちらの立場も私たちは経験しているんですよ。同じ人に。でも一方では、「何やってんの! あんた!」と攻撃的になる。「あなたがちょっとおかしいのよ。あなたが変わってるのよ」。今度逆転すると、何も悪いことをしていないのに、「ああ、ごめんなさい。私、本当にすみません」。これは、数による、または等質か異質かによって、自分のなかに持っている差別、または人を攻撃する、または卑屈になる、そういうものを人間ですから感情として持っていますよね。完璧にはなれません。

 人間は完璧に完成はできません。それで、私が大切にしているのはそういう不完全なこと、時と場合と状況によっては過ちを犯すこともおこりうる。その時にちょっとこう振り返るゆとりと言いますかね。いまのジャンケンのなかで、多数者になった時の気持ち、少数者になった時の気持ち、それを自分の日常生活に置き換えてみた時に何か感ずること、見えてくること、発見できることがあるかもしれない。ええと、今、2時15分ですね。

 体験学習、参加型学習というのは、いまのような簡単なゲーム、何からでも私たちは学べるのです。簡単なことをやって、やったことを自分で振り返って、そして自分にとっての学ぶ意味、価値というものを自分で増やす。自分で発掘する、掘り起こす。これを参加者主体の学習方法、または参加型学習というように言います。もうひとつだけついでに言えば、1回目のジャンケンの時は相手に勝つ、勝つということでしたが、2回目のジャンケンの時は、相手は何を考えているか、思っているか、そういう気持ちがあったと思います。これも日常の対人関係に置き換える時、自分にとってどういう意味を持つか? 明日から、どういうふうに、どういう関係を持とうとするか、どういう気持ちの置き所を持って関係を作っていこうとするか。まあ、こういうことが大切だと思いますね。

 ジャンケンゲームでおまけ、ちょっと紹介しましょう。いま4人、5人、6人ですけれども、そのグループの中で向かい合ってペアを作ってくれますか? 5人のところは、場所を移動していただいてもいいですし、またはオブザーバーになっていただいても結構ですけど。ちょっとペア作ってください。お願いします。いいですか? はい。では、後出しジャンケンやりますから、先に出す人決めてください。はい、どうぞ。…… あのね、こういうふうにします。ペアを組んだとしますね。そしてね、私が先に出すと決めました。先に出す人が、「ジャンケンポイ」と先に出します。後出しジャンケンですから、後から出す人はこれを見て、これに勝つやつを出すんです。こんな感じでやります。行きますよ。ジャンケン。あの、後出しジャンケンですから。行きますよ。見てからですからね。ジャンケンポイ。はい、はい、はい。ああ、うまいですね。慣れてきたら、はい、はい、はいと速めてもいいですね。わかりますかね、勝つやつを出すんですよ。 それじゃ、やってみてください。はい、どうぞ。

(ジャンケン)

池住 はい、交替してやりましょう。

池住 はい、ありがとうございます。はい、結構です。それではね、もうひとつのジャンケンをやります。やはり、後出しジャンケンです。いまと同じようにやります。どちらが先に出すか決めてください。ちょっとこんなふうにやります。私が、先に出しますね。先に出す人が、ジャンケンポイとやります。後から出す人はこれを見て、今度は負けるやつを出します。……負けるやつですよ。勝っちゃダメですよ。はい、やってください。どうぞ。

(ジャンケン)

池住 はい、ありがとうございます。どうですか、これ? 2種類の後出しジャンケン。子どもたちといっぺんやってみてください。年齢、関係ない。子どもたちのほうがね、上手かもしれないね。大人はね、歳が行けば行くほど、難しくなる。2種類の後出しジャンケン。最初やったのは先に出す人のを見て、後から出す人が勝つのを出すというもの。2回目にやったのは、最初に出したのを見て、後から出す人はこれに負けるものを出す。はい、質問します。勝つやつを出す1回目と負けるやつを出す2回目と、どちらが難しかったです? ね? 圧倒的ですよね。なんかすごいぎこちなかったですね。このへん。グーを見て、パーを出しててもなかなか気が着かない。すごい違いですよね。これはなぜか、ですよね。すごい違いですよね。理由、わかりますよね。いままでジャンケンは、勝つ、勝つ、勝つというふうにやっていましたから。でもね、ちょっと考えてください。どれくらい違う? ああ、これにしましょう。 言葉で聞きますから、言葉で答えてください。なるべく早く。いいですか?よく聞いてください。 はい。グーに負けるものは?

○ チョキ。

池住 チョキに負けるものは?

○ パー。

池住 パーに負けるものは?

○ グー。

池住 知識は完璧です! ジャンケンのルール、完璧に理解してますね。誰も間違えない。では、私のほう見てください。負けるやつ、出してくださいね。行きますよ。はい、ジャンケンポイ。気をつけてください。次いきますよ、負けるやつ。ジャンケンポイ。……言葉で言うのと、これを見て言うのとね。例えば、このチョキを見ると、どうですか? チョキを見た瞬間、グーが体からにじみ出てくるんです。ああーと。ところがね、いいですか。「チョキに負けるものは?」と言うと、グーがにじみ出てくることはない。知的にパッパッと理解して、パーというふうにサッと答えることができる。この違い。どうしてか? チョキを見た場合。皆さんね、経験から学ぶって言うでしょ? 経験すれば学べるんだと言うでしょ。半分当たってて、半分当たってませんね。だって、今のジャンケンでね、勝った経験と負けた回数の経験と確率から言えば、五分五分ですよね。そうでしょ? 勝った経験だけでなく、負けた経験もしているんです。だけど、同じ経験しても、どういう意識でそれをやっていたか、どういう意識でジャンケンをしていたかによって、こちらの部分が自分の生き方につながるとかいうことから自分でこれを押し込めてしまう、消してしまう。こちらのほうだけに意識が行ってしまう。そういうことがあります。これを人間関係に置き換えると、どういう人間関係を意識して、持とうとしているかによって、自分の生き方が作られていく。決まっていく。いまの後出しジャンケンのメッセージは、意識を変えればいまからでも豊かに生き方が変わる。例えば、人と接する時の気持ちの持ち方、心の置き所、関係の作り方、距離、目線、表情、心のゆとり、そういうものをどう持つかによって関係が変わるだけでなく、自分の生き方が変わる。豊かに変わる。グーに負けるものはチョキ、チョキに負けるものはパー、パーに負けるものはグー。知識は完璧です。同じように私たちは人権に対する知識をたくさん持っています。人権とは? すべての人は意志表明権を持っている。どんなに自分が、あわただしく忙しくしていても、子どもの立場に立って、その人の立場に立って考えるべきだ。決して差別をしてはいけない。肌の色でもって差別をしてはいけない。多い少ないでもって、また性的指向が同性か異性かによって差別をしてはいけない。知識は完璧ですよ。しかし、そういう人に向きあったときに、そうでないものが体からほとばしり出てくるようになる。これもジャッジはしないですね。そういう自分を自分で振り返るということをすることによって、必ずや「次はこうしよう」という力、つまりエンパワーになってきます。

 教育というのは人から与えられるのではなくて、教育の場は自分で自分の力を掘り起こす。人権教育とか、人権の講座とかいうのは、私はそうあるべきだと思っています。いかがでしょうか。たかがジャンケン、されどジャンケン。学ぼうと思えば、どんなことからでも学べます。いまのは、私ちょっと理屈っぽく言ったかもしれませんが、私にとって意味のあることでしたので、少し生意気な言い方があったらお許しください。共有したいと思って、お話をさせていただきました。あのう、そういうものを置いておいたにしても、ジャンケンだけでもね、関係する雰囲気作り。今度、どうですか? 役場でこれをやってみては? 朝、始める前に、体操もいいですけれど、朝礼もいいですけれど、「はい、皆さん、ジャンケンしましょう」とか、「アイコジャンケンしましょう」とか、朝のご挨拶をそう言って始めるとか…ちょっと現実的じゃないですかね。家庭で子どもたちと、おじいちゃん、おばあちゃんとちょっとやってみるとか。おじいちゃん、おばあちゃんなんかとやると、これは痴呆防止になります。指先、考え、相手をいつも、というので、それから喜び、笑いがある。これは痴呆防止になります。おじいちゃん、おばあちゃんは、「なに、そんなの。わしゃあ、バカらしい」と言うかもしれないですが、やると結構満更でもないですよ。孫とおばあちゃんなんて、美しい姿ですよね。そんな活用があると思います。それから、もし教育の場、講座の場、地域でこうしたグループ活動を開いている方、いまのようなものをちょっと導入すると、いいでしょうね。はい、グループのみなさんに「ありがとうございました」と言いましょうか。

○ ありがとうございました。

池住 もうひとつだけ、短い時間でやりましょう。川西さんに、いろいろコピーとっていただいたんですけれど、ちょっと流れ、進行、雰囲気で、やるのはひとつだけになってしまいましたけれど、またそれ来年にとっておいてください。

川西 お願いします。

池住 いまから、一枚の絵を見ていただきます。今度は、グループではなく、隣の2人か3人、横の方ぐらいで、絵を見ながら質問します。2人もしくは3人で相談をして考えていただくのに5、6分時間を取ります。では、絵を見せます。大きいサイズです。見たことあるかな? はい、これです。ちょっとこれを配ってください。同じものの縮小版のコピーをご参考までに。私は、皆さんは地域でこういう人権教育とか講座で指導的な役割を担う方だと理解していますので、もしよろしかったら、このオリジナルの絵をお1人1枚取ってくださいね。枚数あると思います。これは中部インドの農村、アンドラプラディッシュという州にNGO(非政府組織)があるのですが、そこのデイビッドさんという人が描いた絵なんです。ちょっと横の方と2人3人で、この絵を見ながら、こちらでも、そちらでもいいです。一体なんだろう? どういう意味だろう? どういうメッセージだろう? 何をここから感じるか? というのを1分か2分取りますから、お隣の方とちょっと相談してみてください。どうぞ。

(ワークショップ)

池住 はい、ありがとうございます。これはインドの状況です。絵の図柄からして、服装だとか、顔かたち、インドなんですけれど、どなたかこれをボランティアで説明してくれませんか? どなたでも。どうぞ遠慮なく。どなたか。話し合って。こうじゃないかと。どうぞ。

○ いまちょっと話したんですけど、これ、ご主人。男。いっしょなんですよ。わかります? 別個に見えるんですけど、で、会社では怒られている。家へ帰ったら、嫁をいじめてる。多分そういうふうなつながりで、考えたんですけど。会社では、あんたホンマに働けよ、と命ごいしている。いまの現状ですよ。日本の状況です。

池住 はい、ありがとうございました。もう、先を言ってくださいましたね。これ、インドの状況で言うと、これは地主、または高利貸し。インドの高利貸しはすごいですよ。朝10ルピー借りるでしょう。夕方になると、12ルピーぐらい返すんですよ。フィリピンでは、セブンエイトと言って、朝7ペソ借りると夕方8ペソ返す。だから利率にするとメチャクチャですよね。話をもどして、これは地主か高利貸し。これは小作人、土地なし農民。「なんだ、オマエ。バカ者! ヘマしやがって!」と抑圧をしている。いじめている。暴力。その暴力をふるわれた小作人はうちに帰って自分よりも弱い者に出会うと、「なんだ! このバカ者! まだ飯を作ってないのか!」というかたちで、抑圧された者が抑圧者になるという構図です。それがいま、これが自分、会社、家へ帰って嫁はんというふうに言ってくださったんですね。

○ そうですよ。

池住 実感がこもってました。はい、あのいま見事に言ってくださいました。インドの地主、小作人、小作人の連れ合いさんという構図の絵ですけれど、ちょっと皆さん人差し指で指差してくれます? どうぞ。絵の真ん中ぐらい、指差してください。はい、ばかにしないでやってみましょう。人差し指で、ピーンと真ん中へん辺りを指差すんです。もっとピーンと。そのままにして、自分の人差し指を見てください。ちゃんと、インドの地主、小作人、その連れ合いさんの構図を見てますか? 向いてますね。そのままにして、中指と薬指と小指、これはどこ向いてます。はい、ありがとうございます。これをやりたかったのです。この意味、おわかりですね。ヘエ、インドって、そんな差別があるの? ヘエ、ホントにインドはカーストもあるし、農村ではまだ教育も行き届いてないのネエ。ああ、そう。これが、人差し指です。同じことが、今もう言ってくださった通り、日本の社会、自分たちの地域、自分の家庭に、自分たちの国に、社会に同じような構図がありませんか? あるとすれば、その場合これは誰か? 例に出してくださったのは、これが会社、自分、自分のパートナー、連れ合い、会社で言えば。学校でいえば、違う場面に置き換えれば、どういうことがあるか? それをいまから、また2分か3分か4分ぐらい取りますから、2人3人でできるだけ具体的に日本社会に置き換えた場合これは誰か、これは誰か、これは誰かというのを話し合ってください。

 もう一言つけ加えます。私が、「はい、人差し指でインドの状況を指差してください」と言いました。人指し指をピーンと。そのときにインドの状況を見るということは、これを自分の社会に置き換えて、同じようなことを2倍、3倍も見て、自分の社会にあるそれを掘り起こすから、「中指と薬指と小指は、そうだ、自分のほうを向けよう。ヨイショ!」とやった人はいないと思うんです。でしょ? 「人差し指を指してください」「はい」と人差し指。ここに意識はいっているけれど、ここにはほとんど無意識に自分を向いている。いまからやるのは、ここの部分です。私たちは、「ヘエー、インドってそうなの?」と知識を得るだけではないんです。そこに、それを鏡として自分で自分の生き方、社会、国をひもといてゆく。時間がいま、2時40分ぐらいになりましたから、4、5分時間を取りますから、具体的にいろいろな場面に置き換えて、それは何かというのをお隣の方と相談してみてください。後でザーッと聞いていきます。わかりますね。はい、できるだけ多くね。どうぞ。具体的にですよ。

(ワークショップ)

池住 それでは、時間が短いですが、いま出た分だけでも結構ですから、こちらからズーッと行きますから、ひとつずつ言ってみてください。ここに書いていきますから。同じものであれば、パスしていただいて結構です。一通り行って、それでもまだほかにあれば、出していただきたいと思います。こういうふうに例えば、地主、小作人、小作人の妻とか、さっき言ってくださったように、会社、自分、妻とかね。時間の制約があるので、説明ではなくて、3つポンポンポンと言ってください。そちらから、なんかありましたら、どうぞ。

○ 大企業、下請け、孫請け。

池住 なるほどね。その次のグループで、何かひとつ。どうぞ。

○ いろいろ意見が出たのですが、一番難しいのだったら、文部科学省が来て、教育委員会が来て、一般教育と。

池住 なるほどね。すばらしい。

○ まだいろいろほかにあったんですが……

池住 とりあえず、ひとつでいいですから。はい、その後ろのグループ、ひとつ言ってください。どうぞ。

○ 保護者から教師、教師から子ども。

池住 はああ、すばらしいですね。保護者、教師、ああ。それから、子ども。では、その後ろ、どうぞ。

○ 職場の上司、パート、子ども。

池住 はい。じゃあ、その後ろ。どうぞ。

○ 両親。子ども。おじいちゃん、おばあちゃん。

池住 ホントですか?次、どうぞ。

○ 長男、次男、妹。

池住 なるほど。

○ おまけに、犬。最後は犬です。

池住 長男、次男、妹で、犬。はああ。

○ 社会、自分、ペット・動物。

池住 ああ、ペット、動物ね。ああなるほど。後ろ、いきましょう、どうぞ。

○ 先輩、後輩。

池住 それから?

○ またその下の後輩。

池住 後輩の後輩ね。はい、ではその後ろ、どうぞお願いします。

○ 上級生、下級生、弟妹。

池住 なるほど。はい。では、その後ろお願いします。

○ 旦那の両親、自分、それから、子ども。

池住 いいですよ。どんどん出してください。その後ろ行きましょう。ありますか。

○ もう、出ましたのでないです。

池住 では、パスしていただいて、その後ろ。一番後ろですね。

○ パス。

池住 では、前に行きましょう。

○ 舅、嫁、子ども。

池住 なるほどね。その後ろ、どうぞ。

○ アメリカ、小泉首相。

池住 なるほどね。それから。

○ 日本の国。

池住 国。ああ、なるほどね。すばらしいですね。では、その後ろ。

○ 親、子ども、友だち。

池住 友だち。なるほどね。はい、その後ろ、どうぞ。ありますか? なければ、パス。ありますか? なければ、パスと言ってくれれば、次に行きますから。

○ パス。

池住 はい、ではその後ろ。ないですか?

池住 はい。では、その後ろの列の方で、ありますか。

○ パス。

池住 いいですか? はい、では一番後ろ。

○ お客さん、営業マン、営業マンの妻。

池住 ああ、なるほどねえ。ねぎらっておられるんですか? はい、行きましょう。

○ 学校の規則、児童・生徒、いじめ。

池住 はい、いいでしょう。はい、その後ろ行きましょう。

○ アメリカ。

池住 おっ、違うバージョンだな。

○ メキシコ。

池住 メキシコ。ああ、ホント。

○ グアテマラ。

池住 グアテマラ、か。ああ、そうですね。うん、すばらしい。では、その後ろ。何か出ている以外でありますか?

○ 社長。部長。課長。どんどん行きますよ。係長。

池住 なるほど。その後ろ。ありますか?

○ さっき出ました。

池住 一番最後、ありますか? 出ました? ほかに何かありますか? いま思いついたものでもいいです。これ以外に。出ましたね。すごいですね。「ヘエー、インドの農村て封建的なんだね」なんて言えないですね。すごいですね。まだまだあるんですよね。こういう構造を作っている要因は何かというのを分析するのも、とても意味があると思いますね。これを地域でやってみたら、どうでしょう? 子どもたちでやってみたら、どうでしょう? 家庭でやってみたら、どうでしょうかね? あるものは、年齢の違いによって、あるものは性の違いによって、あるものは数の違いによって、あるものは経済力の違いによって、まだまだあるんですね。絵を見ながら、もう一回読んでみましょうかね。インドでは、地主、小作人、小作人の妻。会社、自分、妻。大企業、下請け、孫請け。ホントそうですね。文部科学省。これはすばらしい。さすがですね。篠山市同教ですね。文科省、教育委員会、教員ね。これ、どこが出したんですか? はああ。保護者、教師、子ども。上司、パート、子どもね。両親、子ども、おじいちゃん、おばあちゃん。長男、次男、妹、犬でしたね。社会、自分、ペット。なんか端的にいまの社会状況を表している。先輩、後輩、その後輩。上級生、下級生、妹弟。旦那の両親、自分、子ども。舅、嫁、子ども。

 ついでに、これを書きながら思ったんですけど、女偏の字、ええ、女が良いとちょっと書いてください。どんな字になるか? 娘ですね。今度は結婚して、女が家にいるもんだとなると、どういう字になります? 嫁ですよね。女が古くなると、どうなります? そういう漢字で書いてるんですよね。女偏の字をひもといて、その背後にある文化を読み解くという人権学習学習もあります。そういうジェンダーもあります。是非地域で工夫して、やってみてください。

 先へ行きましょう。米国、これはどこだっけ? 米国、小泉首相、国民。ホントですね。国で行けば、米国、日本とやると、沖縄となりますね。はい、親、子ども、友だち。先生、子ども、友だち。お客さん、営業マン、ホントに。お客さん、営業マン、妻。学校の規則、生徒、イジメ。米国、メキシコ、グアテマラ。社長、部長、課長、係長、ヒラですね。はい、ありがとうございます。

 まだ、これはたくさんあると思いますね。例えば、こういう経験があるんですよ。年齢の違いでね、この構図。あるとき、講演会が終わって、「まあ、池住さんご苦労さまでした。どうぞ、どうぞ」と言ってね。そこの長の人が話を聞いてくださったんですね。対応してくださったんです。その方は、こういう感じ(ふんぞり返る様子)で、「うーん。なかなか、君、池住くん、いろいろやってるんだね。ベトナムも行ったんだって? そう、いろいろ研究してるんだね。ところで、あなた何年生まれ?」というような感じで、とても親しみを持って話をしてくれました。違和感はなかったのですが、「池住くん、君何年生まれ?」と聞かれて私は、「私ですか? 私ね、1944年なんですよ」。それを聞いたらね、その人こういう姿勢から、「えっ、1944年? いやー、どうも失礼しました。池住先生」!ですよ。皆さんもそういうことありませんか? 学校なんかでね、年上か、年下かによって、さんづけにするか、くんづけにするか、間違えたら失礼かカッコ悪い。下級生にさんづけにしたら、バカみたいとか、そういうふうに思ったことありませんか? 私は、今は誰に対しても全部、さんづけなんです。男性、女性、職業に関係なく。自分の息子だけは、ヨシユキくんと言っちゃうんですけどね。あとはね、全部、子どもも大人も、弁護士も、国会議員も、全部さんづけ。日雇い労働者のおっちゃんも、みんな全部一律でさんづけにしているんですよね。

 年齢なんかでありますよね。学歴でも、そういうことありませんか? 「えっ。東京大学の博士課程出られたんですか? そうですか? 失礼しました」「えっ? 高校中退なの? まあ、いいんじゃないの。別に教育は問題じゃないから」。なんかそういうような気持ちを持ったことありませんか。それから例えば、駅でピシッと背広を着たアメリカ人、鼻が高くて、目が青いアメリカ人から、「市役所どこ? どうやって行くんですか」と英語で聞かれる。そうすると、ほとんどの人たちは、「ワアー、かっこいい! 私英語ダメなの」。なんかそういうふうな感じになりません? 次に、たとえば皮膚の色が黒くて、こうガッチリしていて、セーター姿のバングラデッシュ人から、同じ場所でベンガル語で「市役所どうやって行くんですか?」と聞かれるとね、どう思うか? 「ワアー、肌の色が黒くてかっこいい!」とは思わない。むしろ、「怖い。日本にいるんだったら日本語しゃべればいいのに」などと思うことがあります。肌の色、民族によって、または着ている服装、身なりによって、こういうような構図が私たちのなかにないでしょうか? 数の多い少ないもそうですし、経済力、まだまだいろいろなことがひもとけると思いますね。政治状況に置き換えたときにも、いくつか出てきます。

 はい、時間も5分前となりました。「重複する差別」というテーマではありますけれども、ちょっとこの絵をもう一度、見てください。お手元の絵でも結構ですから。皆さん、この絵の中でどこ見ますか? 皆さんは絵の中のどこにいますか?いつも、大地主という方はいないと思いますね。いつも、一番右側にいる妻だという方もいないと思いますね。両方の経験を関係、その場、状況によって、両方のものがありますよね。これを暴力の連鎖、抑圧の連鎖、差別の連鎖、そういう言い方ができるでしょう。この連鎖を断ち切る。どういうふうにしたら自分は断ち切れるのか? その答えは自分しか発掘できないんですね。なぜなら、出会う人、関係は、いつも自分との関係ですから。今日のジャンケンゲームの中で何か感じた方がいらっしゃったかもしれません。まだ、混沌として今日帰る方がいるかもしれません。講座が終わるときに混沌として帰るというのは、いいんですよ。私、好きなんですよ。「あっ、わかった!」というのもひとつだけれど、「エー、わかんない。だからどうしたらいいんだろう?」。こういう終わり方って、私は好きなんですね。つまり、課題を持ち帰る。自分の課題とするということですから。とくに明快な「こういうふうにしたらば」というようなものが外から与えられることではありませんから、今日は1時間半ぐらいでしたがいろいろな視点から、対話をしながら、自分の関わり方、目線、心の置きどころ、気持ち、意識、それによって自分の生き方が変わる、また変えることができる。ジャッジはしない。いままではどうだったかということを振り返って、それを力にしていく。社会を見たときに1枚のインドの状況の絵から、これを自分の社会、自分の国、自分の家庭、自分と他者という関係に置き換えて、同じような構図を自分たちで課題を掘り起こしていく。それで、こういう状況があんぜできるのか、どうしたら克服できるのかということを篠山市としても、私は愛知県で真摯に取り組んでいますけれども、いろいろなまずは家庭で、近所で、そして地域で取り組んでいければすばらしいことではないかと思います。ちょうど3時になりました。これで、終わりにします。

司会 どうもありがとうございました。あっという間に時間がたったように思います。そうしましたら、お手元の資料のお礼の言葉と閉会の挨拶ということで、ちょっと変わっておりますが、篠山市同教の担当役員の西山の方から、お礼の言葉を述べたいと思います。よろしくお願いします。

西山 池住先生、本当にありがとうございました。私も池住先生のお話を聞くのは確か3回目だと思いますが、何回聞きましても、「ああ、そやった。また自分のほうに振り返るのを忘れていた。」というようなことがあります。具体的に自分が何をしていったらいいのか、どういうふうに人権を大切にする地域づくりを自分は考えていったらいいのかということを毎回改めて考えさせられるように思います。本当にうれしく思っております。これからまた、いろいろなところでお会いしたり、また私たちもこれからもお教えいただくことが多いと思います。その節にはどうかよろしくお願いいたします。今日は篠山市同教のPTA部会ということで、皆さんのお忙しいなかを時間を割いていただきまして、こうして集まっていただきまして、本当にありがとうございます。先ほどジャンケンゲームを通して、またいろいろなお話を通して、私たちが生まれてから今日まで生活してきたなかで、自然に身についているものというか、染み込んでいるものがあるのではないかと思います。頭の知識としては、差別はいけないとか、弱い者イジメはいけないとか、これはもう、ほとんどの人が知っているわけですが、それが無意識のうちに行動となって、良いほうではなくて、反対側に出てくる。弱い者イジメや自分と気のあわない者を除けてしまったりといいますか、そういったかたちで日常の暮らしの中でつい表れてしまうことが多いのではないかと思います。先ほど先生に教えていただいたように、そういった行動を改めて振り返ってみることにより、今後の自分の暮らしを見つめる。そういうことが、ひいては、自分たちの子どもたちへの大きな影響力になるのではないかと思います。本当に意識と行動のズレを埋めて、それを子どもたちに正しく伝えていただきますようにお願いいたしまして、私の皆さん方への今日の会のお礼と、今後のご助力をお願いいたします。先生には、本当にありがとうございました。

池住 こちらこそ、ありがとうございます。私のメールアドレスを書いておきました。パソコンを使って、今後何か連絡を、という方おられましたら、ご遠慮なく、私がオープンにしているメールアドレスですので。月に1回から3回ぐらい、メール通信を出しておりまして、平和、政治、地域活動、参加型学習とか、その背後にあるもの、人権、いろいろなことのニュースを送ったりしています。また、私は自衛隊のイラク派兵は憲法に照らしてどうなのかという気持ちを持っていまして、全国で原告を1000人くらいつのって、自衛隊イラク派兵差し止め訴訟というのを起こして、弁護団が100人ぐらいいます。当面、私が呼びかけをしまして、いま原告団が集まっていますが、もし関心をお持ちの方がおられましたら、こちらのほうへメールをくだされば、いろいろな動きなどお返事をお送りすることもできます。

 はい、ありがとうございました。これをきっかけに、もしご質問、ご意見等ありましたら、こちらのメールのほうに出されたらと思います。池住義憲さん、どうもありがとうございました。もう一度、皆さんの感謝とお礼を込めた拍手をお願いしたいと思います。ありがとうございました。そうしましたら、これを持ちましてPTAの部会研修会を終わりたいと思います。事務局から、何かご連絡がございますか? はい。では、どうもありがとうございました。お気をつけて帰っていただきたいと思います。また、今後ともよろしくお願いいたします。ありがとうございました。