学院運営に関する憂鬱
特別篇U 「ハ・ジ・メ・テの男 」
数年ぶりの教室に足を踏み入れたのは、携帯に「代行を頼む」という緊急呼び出しの着信があってからわずか15分後のことだった。
これまでにも講師の急な欠勤など、緊急時に呼び出されたことは何度かあったが、いくらなんでも授業が始まると同時に先生の数がやっぱり足りないことが判明したから今すぐ来てくれという悲惨な内容の呼び出しを受けたのは、これが初めてだった。
たまたまそのとき、塾のすぐ近くにいて時間もあったからよかったようなものの、これでみずはが捕まらなかったらかなりどうしようもない状況だったらしい。電話口に出た元上司の声は、いつも以上に切羽詰っていた。
というのも今回、個別授業で担当の先生を手配するのをうっかり忘れてしまった相手というのが教育業界のちょっとした大物の一人娘で、塾側にとってはぜひとも良好な関係を保っておきたい重要人物だという。
そんなに重要な生徒を担当する講師の手配を忘れた上、すでに丸二年近く現場から離れているみずはに緊急の呼び出しをかけてくるあたり、現在のこの塾の人材不足とかスケジュール管理能力の破綻ぶりが顕著だと思ったりもしたが、今はそんなことを言っている場合ではない。
ともかく現場に急行したみずはは、担当部署の責任者から暫定的なテキストを何冊か預かると、事情の説明もそこそこにすぐさま授業に入った。なにしろ予定では、すでにとっくの昔に授業は始まっているのである。
はじめて塾に来たというのに、いきなり先生不在でどうしたらいいのか途方に暮れている女の子に優しく声をかけると、緊張と不安を解きほぐすようにメンタル面でのケアを中心とした授業体制へと移行。
とりあえず集団を相手にする授業スタイルとは違って、マンツーマンでの初日の授業というのは、対象となる生徒の現状での学力を正確に把握するために弱点等の探りをいれるのが主な目的となる。
初めての女の子を怖がらせないように、緊張させないように、その上で何処が弱いのかを的確に探し出してそこを突く。
なんというか得意中の得意技である。
授業の終わる頃には、うつむき加減に恥じらう女の子の顔にどこか満足げな、うれしそうな笑顔を取り戻したことを確認して、二年経っても衰えぬ自分の技術に我ながら満足のいく授業内容だった。
それにしても、緊急の呼び出しをかけるOBの講師として最初にみずはの携帯に連絡をしてくるあたり、こういう状態の女の子のお相手をさせるなら自分が一番適任であるという共通認識が、今も上層部に根付いているという証だったかもしれない。
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