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中越沖地震・足湯隊レポート


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 郵便振替:01180-6-68556
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 *通信欄に「中越沖」と明記してください。


「中越・KOBE足湯隊」レポート11
2007.11.20
     

能登半島地震より8ヶ月、中越沖地震から4ヶ月が経過しようとしていますが、日本海側には急に激しい寒波が襲い、能登および新潟地域も慌てて本格的な冬支度をしなければならないようです。今年の2月頃には新潟中越の被災地において「雪かきボランティア道場」が開かれたのですが、ボランティアさんの中には、足湯隊から雪かきボランティアへとシフトされる方も出てくるだろうと思われます。

さて、地震発生以来両地区に通い続けている「中越・KOBE足湯隊」の足湯ボランティアが、長岡技術科学大学と連携しながら、中越沖と能登の仮設住宅にそれぞれ足湯隊を派遣することにしましたのでお知らせします。
<能登>11/23(金)〜25(日) 6人
穴水町・大町仮設、門前町・道下仮設、輪島市・山岸仮設、門前町・鹿磯集会
所で足湯の予定
<中越沖>11/23(金)、24(土) 2人(+長岡技大)
 刈羽村赤田北方、刈羽村仮設で足湯の予定

また、11月2日兵庫県私学会館で下記のように足湯ボランティアから見た被災地の
状況について意見交換をするシンポジウムを開催します。阪神・淡路大震災から
丸13年が終わろうとする「いま」、若者がつなぐ被災地の暮らしが活動を通して
垣間見えることと思います。是非ふるって参加して下さい。
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中越・KOBE足湯隊学習会(一般公開)のご案内
「被災地をつなぐ私たち〜阪神から中越・能登・中越沖の復興支援を考える〜」
●日  時:12月2日(日) 18:15〜20:45
●場  所:兵庫県私学会館301号室(定員36名)
      (http://www.hyogo-shigaku.or.jp/map.html)
●内  容:話題提供
     ・宮本  匠(大阪大学fromHUS) 「被災者に遊ばれるとは?」
     ・鈴木隆太(中越復興市民会議)「中越で学んだこと〜被災者に寄り
添うとは」
●参加費:学生・無料、一般・1000円
●主  催:中越・KOBE足湯隊
●協  賛:被災地NGO恊働センター、復興支援ネットワーク能登&中越沖


新潟県中越沖地震・足湯隊レポート10
2007.9.24

みなさま、ご無沙汰しています。いよいよ11月らしく?朝晩は寒さを感じるようになりました。でも能登や中越沖は、これから日本海特有の寒波が吹き荒れ、かなり厳しい冬を迎えることになると思います。特に仮設住宅の冬の暮らしは、すきま風も入り、つらいものがありましょう。先日、輪島市山岸仮設の談話室に生活援助員のFさんを尋ねたころ、三重県の方から送られてきた手縫いのマフラー50本が並べられていて、「あ〜、いよいよ冬だなぁ」と感じたところです。

さて、足湯隊ですが先日11月3日4日と、中越沖刈羽村へ行って来ました。丁度11月3日に刈羽村祭が開かれ、足湯隊は、刈羽村ボランティアセンターが担当されたプログラムの中の「被災地からのリレー」というパートで活躍してきました。いつものことながら大変喜ばれています。仮設では、「片づける気がしない」という声もあれば、一方でこの12月には家が再建され仮設を出られる世帯もあり、これからはこうした格差がまた不安を増長する材料となるでしょう。益々社協やボランティア・センターの役割も重要になってきますが、生活援助員さんの寄り添いが、被災者を大きく力づけることと思います。今回の刈羽祭で企画した「被災地からのリレー−KOBE→中越→中越沖−」は、中越沖地震以来展開している”寄り添いプロジェクト”の一員である渥美先生(大阪大学)のグループやNVNAD(日本災害救援ボランティアネットワーク)が中心になって実施されたのですが、まさに新潟県小千谷の塩谷集落との交流や阪神・淡路大震災の被災地KOBEからの足湯隊など、被災地リレーが成功したようです。

KOBEでも「語り継ぐ」ことの大切さが強調されているのですが、まさにこうした具体的な人と人が運ぶぬくもりが行き交う事による「被災地からのリレー」によって、語り継ぎがバトンされているようです。塩谷のみなさま、刈羽ボラセンのみなさま、両被災地のみなさま、そして足湯隊はじめボランティアのみなさまごくろうさまでした。


新潟県中越沖地震・足湯隊レポート9
2007.11.6

久しぶりの足湯レポートです。22日から24日まで、新潟県中越沖の刈羽村仮設などに足湯ボランティアが出掛けています。仮設住宅の住民の中でも、これまで閉じこもりがちだった方も、足湯は避難所で経験もあることからイメージしやすいのか、出てきてくれる方が多いそうです。「継続は力なり」ではありませんが、”足湯”という宣伝に反応して下さるのは嬉しいですね!今回は(というか)今回も、長田区の住民が同行して下さっていますので、阪神・淡路大震災での災害発生から2ヶ月を過ぎた頃の状況なども話して下さると思います。仮設住宅に入居していると、ともすれば先が見えにくくなり不安になる訳ですが、そこで経験者が「大丈夫ですよ!」とお声がけをするだけでも、心強くなるだろうと期待できます。今回の足湯ボランティアの成果は、また今晩帰神し明日からのレポートなどを紹介させて頂きます。なお、この足湯ボランティアの活動はじめ中越沖の支援活動に対して、生活協同組合連合会きらりさんからご寄付を頂きました。ありがとうございます。          

        


新潟県中越沖地震・足湯隊レポート8
2007.8.22

足湯隊は18日12名、19日8名が刈羽村で活動しました。長岡技大の斉藤さんから聞き取った内容をレポートします。

18日は午前中、引越手伝い班と赤田地区足湯班に分かれて活動しましたが、赤田地区の集会所は地区の方が緊急に使用していたので足湯を断念、刈羽村仮設住宅の集会所(150世帯)で夕方行う足湯の準備とビラ配りをしました。午後、引越手伝い班と合流し2班に分かれて一方は談話室(50世帯)へ行き、戸別訪問やビラ配りを行い、子どもたちとも遊びました。16時過ぎから足湯が始まりましたが、集会場では5人程度でした。仮設住宅に荷物を搬入していても、実際に住んでいる人は少なく、18日の時点で引越が済んでいないところも多く見られました。談話室の足湯第1号は6才くらいの女の子。その後高校生2人に足湯を行いました。夕方には、5、6人の子どもが遊びに来て賑やかな雰囲気に包まれました。

19日は朝から足湯の準備を開始。昼間で暑かったため余り人が来ないのではと思いましたが、18日より多くて驚いたとのことです。KOBE組が帰るので12時まで足湯というふれこみでしたが、昼過ぎに来られる方もいたので夕方まで続けました。人の波が収まった後には、ボランティアセンターの方にも足湯をして喜ばれたようです。ボランティアへの足湯から隠れたつぶやきが見えてくるかも知れません。


新潟県中越沖地震・足湯隊レポート7
2007.8.20

先週末の8月18、19日に足湯隊が刈羽村で活動しました。長岡技大の学生が中心ですが、日本航空さん、日本エアコミューターさんの(航空券)支援を受けて、KOBEからも3人参加しました。できたばかりの仮設住宅集会所で足湯を実施し、ボランティアセンターの担当者の方にも「これはいい、広めましょう」と好評だったようです。活動レポート、つぶやきは後日報告させていただきますが、取りあえずの速報です。

また、能登半島でも8月8、9日に足湯隊の活動が行われました。これも別途報告します。


新潟県中越沖地震・足湯隊レポート6
2007.8.7

前号NO5でも触れましたが、今回の中越沖での足湯隊を中心的に担って下さいました長岡技術科学大学の学生さんから、(結果報告ですが)足湯の行動スケジュールが届きましたので、参考にご紹介します。これを見て頂ければわかるように足湯隊に参加するメンバーは、どんどん増殖しています。高野山真言宗の災害対策社会課は、能登の時と同様今回も小国にボランティアの拠点を構えて下さっています。オール栃木のみなさんは、3年前の新潟県中越地震以来、ずっと支援活動に入り続けている団体です。あかつきボランティアさんや”ノブさん”も3年前からの出会いの結果です。蓮本さんは、前回の足湯に参加されました。足湯ボランティアは、簡単な講習を受ければ誰でもできます。被災者に最も寄り添えるボランティア活動です。これまでの数多くの”つぶやきカード”を読んでいて、誰もがこの寄り添いに感謝されています。つまり、(手前味噌ながら)元気と安心と希望を提供しているのではないかと言えます。この寄り添いに、積極的なご用聞きスタイルが加わり、その後ろに専門家集団がついて、適切なアドバイスや行動が出来れば理想的だなぁと思います。どんどん足湯ボランティアに参加しましょう!

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中越沖地震のつぶやき(8/4、地震後19日目の避難所にて)
@ 男性 40〜50歳代か?
  水道と電気は通った。ガスはまだ。(ボンベガスで代用)行政は仮設住宅を建設中だが、町の中心部から随分と離れていて、不便そうだ。自宅は、傾いている。(つっかえ棒で支えて何とか立っている。)

A 女性 50〜60歳代
  自宅は大丈夫でした。ガスが漸く通って、風呂に入れるようになった。嬉しい。  義理の妹が足の指を切断する大怪我をおい。直後は、柏崎市の病院に行ったが、かなり待たされて漸く診療を受けたが、上越の病院に回されて、そこで手術を受けた。その病院まで、パトカーの先導があっても、3時間30分も要した。

B 女性 60歳代
  父親が85歳 息子30歳代(?)そして自分の孫を含めて、4世代で、住んでいたが、父親が高齢でも元気なので助かる。近くに親戚が住んでいるから、お互い助け合って、生きている。近く、一緒に旅行に行こうと思う。(大人数になるが・・・)


新潟県中越沖地震・足湯隊レポート5
2007.8.6

前回のレポートで記することを忘れていましたので、お詫びを申し上げるとともにこの「NO5」でお知らせさせて頂きます。今回の足湯隊に参加された神戸からの3名は、JALさんのご厚意で、「伊丹−新潟」の航空券をご支援して頂いて派遣されたものです。JAL様、ありがとうございました。

さて、早速その3名からの足湯の際に聞かせて頂いた”被災者のつぶやき”が入って来ましたのでご紹介します。(次回と2回に分けてご紹介します。)厳しい避難所暮らしの様子も伝わってきますが、被災者に共通するのは、「生きていることが何より」とか、「お互い助けあって生きている」とか、前向きの姿勢でいまの避難生活に耐えておられることが想像できます。水も回復したので、もう少しの辛抱かなぁ?という気もしますが、一方で現実に直面することになりますから厳しい時期でもあるでしょう。今こそ、ボランティアの寄り添い、見守りが大事で、「あなたはひとりではないですよ!」ということを伝えることが重要だと思います。仮設住宅でも、在宅でも、これから必要なボランティアは、見守りです。そしてご用聞きへの展開です。

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中越沖地震のつぶやき(8/4、地震後19日目の避難所にて)
@ 女性 50〜60歳位か?
  今回の地震で、まだましだったことは、大きな余震が少ないこと。前回のときは、1年間ほど続いていて、大変だった。地震のときに、腕を骨折したが、多忙に紛らされて、痛みを感じることなかった。 家は、全壊したが、生きていることがなりよりである。夫婦と母親の3人
で避難所暮らしをしている。

A 女性 60歳代
   お孫さんと一緒に避難所暮らし(孫がとっても、かわいいようだ)。暑さがとても身に堪える。しかし、冷たい物はそんなに摂れない。避難所(体育館)での生活は、まぁまぁ。ご飯もしっかり出ている。

B 女性 80歳代
  野菜作りが生きがい(今年は、茄子は良かったが、きゅうりは駄目だった。)最近は暑いので、外の木陰で涼んでいる。扇風機やクーラーは、嫌いだ。避難所(体育館)は、家に比べると何かにつけて、暮らしにくい。


新潟県中越沖地震・足湯隊レポート4
2007.8.5

8月4日・5日、新潟県中越沖地震被災地での2回目の足湯ボランティアが入りました。地震当日から活躍している長岡技術科学大学の学生を中心に、今回は神戸から3名合流し、現地では高野山真言宗の「高野山足湯隊」さらには、3年前の新潟県中越地震から今も現地に入って支援活動をしている”オール栃木の中越沖支援隊”などが一堂に合流して、足湯ボランティアを展開しました。といっても、正直言って昼間は、被災者は家の片付けなどに戻っていて、ほとんど避難所にはいない状態なので、急遽時間帯を変更して夕方5時前くらいから”店開き”をすると好評だそうです。

先日も台風5号の影響でフェーン現象が起き、夜中でも30度を超えるという熱帯夜で、被災者の多くは、ほんとに辛い日々を過ごされているようです。避難所によっては特殊なクーラーシステムが入っていて、快適な生活を送っているところもあるようですが、ほとんどは”蒸し風呂”状態だそうです。

正直、そういう気温の中での足湯は、敬遠されるのではないかと事務局を担当する立場としてはヤキモキしているのですが、現場ではそんな不安を吹っ飛ばし、大人気だそうです。実は、私事で恐縮ですが、事情があって二日前から風呂に入ったあと、寝る前に少し熱い目のお湯につけて足湯をして寝るようにしていますが、これがなかなか快適で驚いています。眠たいときは、冷たいおしぼりで顔を拭くよりも、温かいおしぼりで拭く方が眠気が飛ぶように、温かいときは、温かいものを持ってくる方がかえっていいのかも知れません。それにしても、喜んで頂いているようで一安心です。

いよいよ、お盆の頃から仮設住宅(刈羽村は2ヶ所で200戸)への引っ越しが始まります。仮設住宅での足湯も続けるつもりですが、在宅被災者の方もまだ風呂に入れないという方も多いでしょうから、足湯は効果的かと推測しています。阪神・淡路大震災では最大5年間も仮設で暮らしたので判りますが、仮設の暮らしは当然辛いものがあるでしょう。でも、考えて見れば仮設の生活よりも、はるかに長い間暮らさなければならない本来の住まいでの生活が待ち受けています。今から、その暮らし再建のプランをじっくりと建てることを始めることが最も大事なことです。これからは、足湯ボランティアをしながら、これまでの体験から学んだポイントを”ささやく”ことが大事なことかも知れません。傾聴ボランティアならず、”説教ボランティア”????


新潟県中越沖地震・足湯隊レポート3
2007.8.1

7月20、21日に活動した中越沖地震・足湯隊の神戸大学の土井洋佑さんのレポートをお届けします。足湯隊の今後の活動は、中越沖では長岡科学技術大学の学生を中心にKOBEからも合流、能登ではKOBEの学生を中心に長岡からも合流という形で行います。次の活動予定は、中越沖が8月4〜5日、能登が8月9〜10日です。能登も忘れないで活動しますので、よろしくお願いします。
         
    神戸大学法学部4回生 土井洋佑

 新潟県中越地震、能登半島地震に続いて地震直後の被災地に入るのはこれで3回目。それぞれ場所は違うけれども、避難所の中の風景だけはどこの被災地のどこの避難所でも画一的で同じようだ。そして、避難所の不便さもどこも同じみたいらしい。足湯をしていると決まって聞くのが、「他の人のせきなどが気になって夜眠れない」「他人の眼が気になる」「寒くて足が冷える(能登半島にて)」などという問題だ。この前テレビで見たのだが、避難所でのこういった問題への対策は阪神淡路大震災の時から一向に進展していないらしい。前の震災の教訓を次に生かさないのは問題であると思うけど、そのような問題が残っている以上、僕たちのやるべきことは、当事者からこのような問題を聴き、そしてそれを問題解決につなげることだと思う。 それでも、やっぱりそれぞれの場所で出会う人にはいろんな人がいて、話の話題も人それぞれだ。例えば能登では、畑や漁をしておられる人が多かったのに対して、新潟ではやっぱり田んぼをしておられる人が多い。もちろん海が近いから美味しい魚の話もしてくださった。そしてやはり原発の話もよく出てくる。これらはその土地の人には切っても切れないほど馴染み深いんだなあ、と改めて感じた。特に原発については「不安はたくさんあるけど、この土地にいる以上避けては通れないから、仕方がないって思ってるのよ」といっておられる人がいたのはとても印象的だった。

 こんな風に今回の派遣でも、足湯を通していろいろな人に出会い、お話を伺ったが、その中でも特に印象に残っているのは、ある避難所で足湯をしたおばあちゃんだ。そのおばあちゃんは、僕が「神戸から来ました」と言うと、「まあ、そんなに遠くから来てくれて。他にもたくさんの人が助けに来てくれて本当にありがたいわ。でも、私の家は全部崩れてしまって・・・」と言いながら、目に涙を浮かべておられた。僕はその姿に思わずもらい泣きしてしまった。その涙は、助けに来てもらった嬉しさからきたのだろうか、それとも家が潰れてしまった哀しさからきたのだろうか、多分両方だろう。こういう人たちが被災地に一人でもいる限り、僕たちはその人達の力になれるよう努力しなくてはいけない。それが「最後の一人まで」みつづける精神だろう。

 翌日、同じ避難所に行ってみると、そのおばあちゃんが一人ぽつんといた。話しかけてみると、他の家族はみんな家の片付けに行って、それで一人だけ避難所に残っているらしい。「ゆっくりしておいき」と言われ、ジュースとクッキーをいただいて、しばらく話していたが、そのおばあちゃんが僕を見ながら親しげに話してくれたのが、本当に嬉しかった。そのおばあちゃんにこれからまた会えるかどうか分からないけれども、このような関係性をどんどんつなげていくことが大切なんじゃないかと思う。


「中越・KOBE足湯隊」レポート・新潟県中越沖編2
2007.7.24

第1報で足湯隊の中越沖地震被災地での活動を簡単に紹介しましたが、今回のリーダーの藤室玲治(神戸大学学生震災救援隊)さんから詳細なレポートが届きましたので、ご紹介します。まずは20日の様子です。

【7月20日(金)足湯まで】
 朝8時30分頃に起床。朝10時に来迎寺駅前で長岡技科大のHさんと待ち合わせて、先導してもらい、11時には刈羽村に到着した。移動途中、道路は随所で壊れており、道の左右には倒壊した建物が見えた。 刈羽村では、村役場の横の「農村環境改善センター」がボランティアセンターになっており、そこで避難所担当をしているレスキューストックヤードのUさんのコーディネートを受けて赤田集会所と第二体育会で13:00から15:00まで足湯を実施することになる。「オールとちぎ」の11名の部隊との合同実施である。断水の続いている状況なので、お湯と水は新潟空港からやってくるJALの融雪車に頼ることになっていた。 とはいえ、1ヶ所での展開を想定しての装備しかしていなかったことと、JALの融雪車が不調で現場の到着が遅れる気配であったことなどから、先に第二体育館で準備をすることになった。水は陸上自衛隊から生活用水を供給してもらった。

【第二体育館での足湯の実施】
 Uさんのコーディネートにより刈羽村のボランティアグループである「友の会」のみなさんが開催する茶話会の横での足湯の実施となった。「友の会」の方々から直接聞いた話によると13年前に発足して、普段は高齢者や障害者の施設を訪問しているグループだ。来ているメンバー自身の家も、地震で中がグチャグチャになっている中で、避難所の訪問活動をしている。「友の会」による避難所での茶話会もこの日が始めてとのことだった。 第二体育館での茶話会と足湯は1時過ぎに始めることができた。長岡技科大からはテスト期間中の忙しい時にかかわらず、Sさんが午後から合流してくれた。またJALの融雪車も1時30分には到着した。 暑い最中の避難所で、果たして足湯が被災者に受入れられるかということが心配であったが、はじめて見ると皆さん、どんどんと足湯を受けてくれる。日中ということもあり第二体育館避難所の中には30数名がいただけであったが、手元の足湯カードには30名分の記録が残っているから、避難所の中にいた人のほとんどが受けてくれたことになる。「友の会」のみなさんの茶話会と一緒に足湯をやったことも良かったと思う。「友の会」メンバーは避難している人々とも顔見知りで、足湯の順番などをそれとなくさばいてくれていたようだ。

【赤田分遣隊編成】
 体育館での足湯がある程度軌道に乗ったことを見極め、NVNADのSさんや長岡技科大のHさんに先導してもらって、14時30分に赤田集会所での足湯にも出発した。私は同行しなかったが、赤田では8人の方に足湯を受けてもらうことができたようだ。また第二体育館と違って、赤田ではたくさんの子どもたちもいたとのことだった。時間の都合もあって、子どもたちに足湯をすることはできなかった。

【「つぶやき」の検討】
 その後、第二体育館は15時30分くらいに切りあげて、ボランティアセンターの2階にある和室で足湯カードの記入などを行った。16時過ぎに赤田集会所のメンバーも集まり、やはり足湯カードに記入してもらう。 記入してもらっている間に、オール栃木のAさんと私とでボランティアセンターの避難所チームと明日の動きについて打ち合わせを行った。 その後、足湯隊メンバーとオール栃木メンバーを交えてミーティングを行った。ミーティングでは、主に栃木のメンバーから様々な被災者の声が出された。 「家の中の片付けなどが全然できない。誰にどうやって相談したら良いか分からない。ボランティアに頼めるのだろうか。向こう(ボラセン)から聞きに来てくれたら良いのに」 「洗濯は、崩れた家に帰ってしなければならないが、水を汲むのにもフラフラしてできない。自転車に積むこともできない。家まで水を届けて欲しい」 「生活用水は自衛隊が給水してくれるが、下水が詰まっているから使えない」 「自衛隊の風呂は、浴槽のヘリがまたげないから入れない」 こうした声が避難所の人々から聞かれた。また赤田集会所にいた区長さんは、 「道路は行政がすぐ直せても、家の中の片付けはしてくれない。ライフラインの復旧も何時になることか。都市ガスなので、かえってどうしようもない」と語っていたそうだ。 洗濯ができない人、風呂に入れない人、このあたりの話題は多かった。 「長岡市に行けば洗濯できるようだが、そこまでの足がない」「長岡市まで風呂に入りに行っているが、道路も風呂も混雑していて、夕方の5時に入りに出て、返ってくるのは8時〜9時になってしまう、という話を赤田集会所で聞いた」「地震の後、風呂にまったく入っていない85歳のおばあちゃんがいた。足腰の悪い人用のお風呂が必要じゃないか」「足湯用に湯を沸かしていたのだから、その湯を使って、タオルで体を拭いてくださいと渡せれば良かった」などの意見が出た。 また「ボランティア不信」ともいえるウワサが現地では広まっているようだ。「足湯をするといったら、イクラ取られるのと言われた。どうもボランティアに何かを頼んだら、高額の謝礼を取られるらしいという話が広まっているようだ」という報告があった。 また「家にいても、物も情報も入らない。だから避難所にいる」という人の声もあった。「避難所以外の、地域を歩いてニーズを拾う作業も必要。中越地震の時には川口町を歩いてそうしたら、山のようにニーズが出てきた。今回もそういう風にできればと思う」と栃木のAさんは語っていた。 長岡技科大のSさんからは「家族の人が片付けに行っている間、残っているけれども何もすることがなくて苦痛だとお年寄りの方が言っていた」という報告があった。第二体育館での話だが、体育館にはテレビも置いていない。 また避難所の体制の話になり、避難所に村役場の人は常駐しておらず、新潟県の人がいるが、2〜3日でかわってしまい、避難所の環境改善などに継続的に取り組める主体がいないようだということも話題になった。 課題は色々出たものの、当面の方針としては明日の足湯の実施計画のみを確認して、後は、ミーティングで出た話と「つぶやき」を拾って書いた足湯カードをボランティアセンターに渡すことを確認して散会とした。


「中越・KOBE足湯隊」レポート・新潟県中越沖編1
2007.7.21

 今月16日(月)に地震のあった新潟県中越沖地震の被災地で、「中越・KOBE足湯隊」が、昨日20日、刈羽村の避難所2ヶ所で足湯ボランティアを行いました。詳細は足湯隊が帰神してから報告します(刈羽村赤田避難所で8人、第2体育館で、30人ほぼ全員が足湯を受けました)。

 正直、辛うじて扇風機くらいしかない蒸し暑い避難所で、果たして足湯ボランティアが受け入れられるのか不安だったのですが、今朝現場のリーダーと確認したところ「大丈夫ですよ、大変喜ばれました。!」という明るい返事が返ってきたので一安心です。なお今回の足湯活動は、日本航空さんが飛行機に被った雪を融雪するための「デ・アイシングカー」という給水車にボイラーがついている車を提供してくれ、日本航空さんの職員とともに活動をしています。 ただ、この車には6000リットルの水が入っているため、足湯程度では捌き切れずお湯の引き取り先に苦労するという一幕もあったようです。

 ところで能登半島地震以来特に注目された足湯ボランティアですが、課題は足湯で拾った被災者の”つぶやき”を、いかに早く、具体的にボランティアセンターなり、災害対策本部なりにつなげるのかということでした。そこで、今回は足湯で拾ったつぶやきをコピーし、足湯終了後にボランティアセンターに提出するという形態をとっています。つぶやきには、「お風呂に入りたい」「洗濯をしたい」という声が多く挙がっています。これを見て、阪神・淡路大震災でも活躍した「洗濯ボランティア」を新潟県内で被災地外から募集すれば、まず小さな動きがつくれるのですが、さてボランティアセンター内でそうしたニーズが共有され、しかるべき対応策が打てるかどうかにかかってきます。刈羽村のボランティアセンターには、新潟中越復興市民会議や震災がつなぐ全国ネットワークから名古屋の浦野さん(RSY)や阪神・淡路大震災以来12年間活動し続けている阪神高齢者・障害者支援ネットワークの黒田裕子さんなどが入り、運営を担っているため比較的スムーズに行っているようです。「中越・KOBE足湯隊」の神戸隊は、とりあえず今日午後3時頃には現地を出て帰神します。


「中越・KOBE足湯隊」新潟・長野地震速報3
2007.7.16

Tさんに続いてSさんも刈羽村に入りました。電話が通じませんが刈羽村役場で合流して今後の動きを相談する予定にしています。当初の予定では刈羽村を見て、その後に柏崎市内に入る予定でしたが116号線が渋滞しており柏崎市街地まで入るのに相当時間がかかるだろうことと、刈羽村の被害が大きいことから、Sさん・Tさんには今日暗くなるまで刈羽村の避難所の様子などを見てもらうこととしました。

14:48 Tさんからの電話。役場の人によると村内の避難所は現在4ヶ所。役場の横の刈羽第2体育館には現在80名が避難。村北部の勝山地区の人は生涯学習センター「ラピカ」に避難の指示が出ているものの、地区からラピカまで距離があるので地区内で納屋などに避難している人も多数。高齢者の移動が特に困難。村の南の高町地区の人は地区の体育館に避難。今後、避難所はもうちょっと増えるだろうとの見込み。見る限り、倒壊家屋が村内に10数件。全壊の被害は100件を超えるだろうとのTさんの見立て。

14:53 Sさんからのメール
刈羽村入りました。西山駅近く半倒壊と見られる状況が多いです。倒壊し全倒壊の家数件みられます。

15:32 Sさんからのメール
避難所の情報です 刈羽地区は第2体育館 高町地区、赤田、油田はそれぞれ集会場に避難所がもうけられています そこにひなんするよう放送流れました

16:12 Sさんからのメール
高町集会所では5世帯くらい避難しています。ライフラインは全てだめです。責任者がいないためまた後で伺います


「中越・KOBE足湯隊」新潟・長野地震速報2
2007.7.16

午前中のメールで長岡技術科学大学の学生が柏崎市に向かうとお伝えしましたが、その二人(Sさん、Tさん)からの現地レポートを紹介します。なお、Tさんは14:18に刈羽村に116号線沿いで入れたとのことです。全壊家屋など多数とのこと。

Sさん 13:22
西山町 サッシなどがかたがっている家が多いです 瓦が崩れている所が多く能登の状態に似ているかもしれません 旧国道は渋滞しています

Sさん 13:27
旧国道長岡方面 道路陥没がヒドク車が動いていません 刈羽方面はしれます

Tさん 13:55
長岡の武澤です。現在国道116号は渋滞で動いていません。また、長岡からの道のりでは土砂崩れ、道路の陥没、電線の断絶、電柱の傾き、線路の波打ち、ガラスや家電、屋根などの家屋の被害が多数ありかなり大きな被害です。また、余震も続いています。お住まいの皆さんは外に出て避難されたり家の前に集まったりされています。柏崎に到着にはかなり時間を要すると思います。

Sさん 14:33
道路陥没ひどいですがとおれます。電信柱がかたむいているので注意が必要です。西山駅まで来ました。73号(藤室註…県道)通行止めでした。


「中越・KOBE足湯隊」地震速報
2007.7.16

「中越・KOBE足湯隊」からの地震速報です。
きょう16日10時13分ころ地震がありました。震源地は、新潟県上中越沖(北緯37.5度、東経138.6度、新潟の南西60km付近)で、震源の深さは約10km、地震の規模(マグニチュード)は6.6と推定されます。震度6強:新潟県中越・長野県北部、震度5強:新潟県上越、震度5弱:新潟県下越・石川県能登のほか広い地域で揺れが観測されました。能登半島地震救援学生ネットワークの長岡技術科学大学の学生が、震度6強の地震があった柏崎市に調査に向かいますので、また、報告します。


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