檀特教遵勧学法話

一 年頭法話

 去年の歳がたち、当年のお正月となって、お互いに人の顔を見合す度ごとに新年を迎えて「おめでたい、おめでたい」と皆挨拶いたしますが、御信心をもろうて御報謝で日送りなさるお方にしてみると、時々刻々お浄土が近くなりますゆえ結構じゃ。「楽しみ楽しみ、おめでたい、おめでたい」と申すももっともじゃが、今日この御座まで不信未領解で、人の付き合いやら名聞で参詣している人は、新年が来て「おめでたい」というても、その実おめでたいとは言われぬ。一息一息地獄へ堕つるのが近くなるじゃで、なかなかめでたいどころじゃない悲しみ、追々情けないと言わにゃならぬ。一休和尚が「門松や冥土の旅の一里塚」と言い、また舎利頭を持って「御用心、御用心」というて京の町を廻られた。もし未信のお方は、当席は、新年の改まったとともに、疑いの心を改めて真実の信に基づいて、心の底からおめでたい春を迎えて、心ひろく体ゆたかに、楽しみ楽しみ浄土の花見の春を待ち受ける身となってこそ、めでたい新年を迎えたというものじゃ。

 蓮如上人は「年々をふといえども同篇たるべきように見えたり」と仰せられてある。あれは報恩講のことばかりのように思うてはなりませぬ。これは今のことじゃ。十年も二十年も三十年も、聞き通しに聞き続けていても、命は一年一年縮まっても、何とも驚きも立てない、ただウカウカと説教の上手とか下手とか、長いとか短いとか、耳新しいことを聞くと覚えて人に言うくらいで「我身の一身をもしかじかと決定する分もなく、唯人真似ばかりの体たらくなりと見えたり」とお叱りを受けるようなことでは、いつまでも信心決得なられることはない。歳の改まったとともに、心を改め驚きの念を立て、この初の御座を幸いに信心を獲得なられましょうぞや。

 古人の言葉にも「一年の計は元日にあり」ということがごあります。この世の中に士農工商、皆その業に就いて計画のありますものじゃ。本年はかく致しましょうと思うたら、その年の始めからその用意しておかにゃならぬ。その月のことは、ぞれぞれ月の始めからこしらえしておかねばならぬ。また暑中の用意は春のうちにする。寒中の覚悟は夏秋の間にこしらえをしておきます。草木でも、冬のうちは枯木のようになって、春になって花の咲くように、その用意がしてあるで、春が来ると花が咲く。人間としてその用意が無くては叶わぬ。『御一代聞書』に「勧修寺村の道徳、明応二年正月一日に、御前へまいりたるに、蓮如上人おほせられさふらふ。道徳はいくつになるぞ、道徳念仏まうさるべし、自力の念仏といふは、念仏おほくまうして、仏にまいらせ、このまうしたる功徳にて、仏のたすけ給はんずるやうにおもふてとなふるなり。他力といふは、弥陀をたのむ一念おこるとき、やがて御たすけにあづかるなり。そののち念仏まうすは、御たすけありたる、ありがたさありがたさと思ふこころをよろこびて、南無阿弥陀仏と申すばかりなり。されば他力とは、他のちからといふこころなり、この一念臨終までとほりて、往生するなりと、おほせさふらふなり。」と。この御化導はただ徒に年を迎えて、お雑煮を喰うて祝うが所詮で無い。信心を得て念仏する身は、一年一年浄土の無量寿の証が近くなるゆえ、めでたいめでたいと祝う所詮あれど、一年一年三悪道の近まる身にしては、新年祝うても祝い甲斐無ければ、往生治定の上から、念仏申し申し御祝いせよとのことである。

 そこで念仏するにも、自力他力とありて、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏と声に出るのは一つなれど、称え心が大いに違う。もし自力心の人なれば、実に臨終が危ない。平生業成の他力信心に基づいて称うる行者は、御助けありたることの有難や有難やと、往生治定の上から、生涯称うるゆえ、いつ臨終が来ても、その場が浄土の春である。よって念仏を申すも、称えたゆえ参ると称功を募るにあらず、称えさせて頂いた南無阿弥陀仏の力にて往生と喜ぶ、これが他力の味わいである。未信の人も、他カ本願の御謂を聴聞して、信の上からその心得にて念仏相続せられたい。

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