高齢者問題委員会
主な開催集会など:高齢者セミナー(5月中旬)高齢者施設見学会

活動内容:
 当委員会は、1982年、発足以来の目標として、大阪教区に高齢者施設を建設するべく、諸問題の研究や施設建設計画などに取り組んできた。特に1999年12月以降約3年に及ぶ和歌山県日高の地におけるグループホーム建設の具体的な計画準備が今年度において終結した事柄を反省し、新たなる委員会活動を展開すべく、今後の委員会の課題を検討中である。 当委員会のもう一つの活動の柱は、年一度乃至二度の高齢者セミナーであるが、これに加え教区内諸教会の高齢化問題に関するアンケート調査等の活動を行う他、老いの問題を諸教会また兄弟姉妹が互いに共有するための情報を教区報などに掲載する事、また委員会で独自のニュースレター発行も準備中である。



日韓宣教協約小委員会
主な開催集会など:1. 15在日韓国朝鮮人問題シンポジュウム婦人会連合のバザーへの出店

活動内容:
 今期日韓宣教協約小委員会は、日韓農村都市産業宣教協議会(URM)の韓国と日本の協議会への参加を積極的に行なってきました。この間の日韓の歩みを学びその中から私達が今後、更にその協議会の中身を深めて行く取り組みを日常的に行なうことの必要を痛感しています。特に教科書問題や、日韓米の軍事同盟の中で、私たちが平和を創り出す者としてどんな歩みをして行くのか、今まさに問われておりその事を、しっかりと担い実践していきたいと願っています。天皇大赦を拒否して闘われていた、外国人登録の指紋押捺を拒否した人達の、大赦拒否訴訟は、残念ながら最高裁判決でその不当性が認められず、今年、裁判は終結しましたが、外国人登録法の抜本改正を引き続いて求めていく必要があります。日本国籍者にも8月5日から11桁の番号がつけられ管理が始まりましたが、他者の人権侵害に鈍感であった私達のあり様を問う事を含めた思想心境の自由を侵す住民管理を許さない取り組みが求められています。内部、公開学習会を含めて取り組みを行ないたいと思います。1.15シンポジュウムも宣教協約の内実かを求めながら、大阪教区の中で在日韓国朝鮮人が受けている差別の解決を積極的に担い求めていきたいと願っています。在日韓国朝鮮人の差別の問題は優れて、差別する側の日本人の問題であり正に私達の課題であることを、教会の体質も問いながら担っていきたいと願っています。      又朝鮮キリスト教徒連盟との関係回復や、謝罪についても早急に取り組まなければならないと痛感しており、そうした働きかけと取り組みも行なっていきたいと願っております。



沖縄交流委員会
主な開催集会など:沖縄研修旅行(隔年)、大正区のめぐみ保育園や関西沖縄文庫等との交流・行事の共催、「沖縄・ここも人のすむ島」〜沖縄に生きる女たちのメッセージ〜、「『テロ事件』と沖縄」、「在日米軍駐留経費(おもいやり予算)違憲訴訟学習会

活動内容:
 人はイマジネーションによって、実際に体験しなくても視野や思いを広げることができるはずの動物ですが、反対に百聞は一見にしかず、ということわざもまた当を得ていると思われます。沖縄交流委員会は、一人でも多くの人に観光コースでない真の沖縄を見て欲しいという目的で発足しました。ほとんどの参加者の方が、海や南国植物など自然の美しい島、そのイメージだけを大きく膨らませて沖縄の地を踏まれたことと思います。その方たちにあまりショックを与えないようにと気遣いながらも、研修旅行は、基地・戦跡の見学、沖縄教区の方々や講師の先生を招いて「沖縄と日本の歴史」「合同のとらえなおし」などの学習をほぼ沖縄滞在中の連日にわたってこなすかなりハードな内容になっています。例年2月末が研修の時期でしたが、2002年は「沖縄戦終結の日」を挟んで企画、国際反戦デーにも参加してまいりました。第二回研修旅行で伊江島の(故)阿波根昌鴻さんを訪ねた出会いも忘れられません。 本年度は沖縄からの合同のとらえなおしと実質化についてのキャラバンを受け入れることができ喜んでいますが、それとは別に、かつて戦跡・基地問題などを伝えようと沖縄交流委員会と研修参加者でキャラバン隊を編成して希望教会を巡ったこともありました。教団の社会委員会と協力して作成した、思いやり予算についてのミニパンフレットは大阪教区の全教会に配布することができました。 当委員会は信徒が多いことに特徴があり、自分たちの更なる深い学びの一方で、少しでも多く裾野を広げていく活動を心がけて参りました。「有事法制」は「『本土』の沖縄化」だと言われています。沖縄にだけ私たちが押しつけている負債は私たち自身が負うべき問題なのだと訴えつづけ、沖縄との連帯を強めたいと願っています。



大阪教区問題小委員会
主な開催集会など:教区問題協議会 宣教セミナー 宣教シンポジユーム、 2.11集会
活動内容:
1980年10月開催の大阪教区臨時総会の決議(第3号議案)にもとづき本委員会は設置された。大阪教区問題とは、1970年開催の万博キリスト教館出展問題に端を発する問題である。万博キリスト教館出展で伝道ができる、万博キリスト教館出展は国威発揚をめざす国家に協力することである、という二つの意見が対立した。1970年以降、教区総会は開催できず10年に及ぶ総会開催準備委員会の「対話」による調停の結果、1980年10月臨時総会開催にこぎつけた。 この臨時総会の第1号議案は「資料報告に関する件」であった。 これは教区総会開催準備委員会によって作成された「大阪教区問題資料集1967−1977年」を公式の資料として認めること、つまり万博キリスト館出展問題から始まった教区のさまざまな問題(これがいわゆる大阪教区問題)を風化させ忘れ去るのではなく、これを正しく把握し第3号議案は「教区問題委員会設置に関する件」であった。修正案が出され可決。《第1号議案の討議を継続し強区内の様々問題の理解を深め、その中から新たな宣教の姿勢を打ち出すため大阪教区新常置委員会は努力する。そのために必要に応じて広く教会に呼びかけて大阪教区問題協議会を開催する。また特に必要な場合特別委員会を設けその討議を公表する。というものであった。その後1981年定期総会を経て組織された新常置委員会は1982年教区問題小委員会を発足させた。以上が本委員会の設置の由来である。委員会発足以来、「大阪教区問題討議資料集」を中心に教区問題協議会を開催したり、教区問題の根源には「教会と国家」の問題、「天皇制」があるとして宣教セミナー、宣教シンポジユーム、2.11集会を開催してきた。